さて、わが国の企業は、従来、職務権限があいまいであるがゆえに、能力の低いメンバーが温存されがちだという批判がされてきた。確かに、わが国の企業は、オーディナリー・ケイパビリティ(効率性)の点では、職務権限が明確な欧米の企業に劣るのかもしれない。しかし、ダイナミック・ケイパビリティの観点からは、職務権限があいまいな「柔軟な組織」の方が、逆に有利なのである。

言い換えれば、これまでわが国の企業の弱点と見られてきた組織構造が、不確実性がニュー・ノーマルとなった世界においては、むしろ長所に転ずる可能性があるということである。

ダイナミック・ケイパビリティを高める具体的方策

では、ダイナミック・ケイパビリティを高めるため、日本の製造業はどうすれば良いのだろうか。「ものづくり白書」では、製造業の設計力を強化することが重要性を強調している。

具体的には、設計・製造・営業・品質の部門、さらにはサプライヤーや顧客までも含めて、全員参加で製品の設計・開発を一体的に行うのである。そうすれば、製品開発のスピードは、飛躍的に速くなる。製品設計が迅速に行われれば、不測の事態や環境の激変が起きても素早く対応できる。こうして、ダイナミック・ケイパビリティが著しく高まるというわけである。

実は、このような部門を超えた協業による設計開発手法は、「ワイガヤ」とも「サイマルテニアス・エンジニアリング」とも呼ばれたりするが、わが国の製造業において育まれてきた手法であった。そして、こうした設計開発の手法がわが国の製造業において発達してきたことは、おそらく、職務権限があいまいな「柔軟な組織」であることとも関係していよう。

これに関連して、近年、ソフトウエア開発において、「スクラム」というアジャイル開発の手法が、不確実性の高い問題を解決するのに有効であるとして注目されている。実は、この「スクラム」の源流も、わが国の製造業にあるのだ。

エンジニアリングのデジタル化は急務

さらに、近年では、こうした部門を超えた協業による設計開発の手法は、CAD/CAM(Computer Aided Manufacturing)やCAE(Computer Aided Engineering)といったデジタル技術によって「バーチャル・エンジニアリング」へと進化を遂げている。これにより、部門を超えた協業がより容易になり、設計開発のさらなる高速化が可能になっている。

しかし、残念なことに、わが国の製造業では、このバーチャル・エンジニアリングがいまだ進んでいないことが、「ものづくり白書」の調査で浮き彫りとなった。