アメリカは右派も左派も中国抑止を強化

中国の野心的な振る舞いに対して、ワシントンの外交・安全保障関係者は中国に対する抑止強化の方針についてコンセンサスを形成している。それはオバマ政権後期から始まったシフトであり、トランプ政権下によって明確にされたものと言えるだろう。一見すると、この変化は米国の覇権的な国家意思が発露し、1990年代から2000年代初頭までの対中融和姿勢は既に過去のものとなったようにも見える。

そして、米国全体の対中シフトは、2020年大統領選挙に際し、トランプ陣営・バイデン陣営ともに中国に対して強力なスタンスを示してきたと誇示している現状ともリンクする。トランプ政権下を通じて露になった、北朝鮮問題に対する非協力的対応、中国企業による略奪的な経済行為、香港・ウイグル・キリスト教に対する強権行使、そして新型コロナウイルスに対する欺瞞は、米国民の対中世論を喚起する上で十分なものであった。各種世論調査を見ても米国民の対中観は史上最悪のレベルにまで悪化している。

米国は何がしたいのか、日本はどう対応するべきか

したがって、日本国内では「米国の腹は決まった、米中対決は不可避」とする意見も少なくない。ただし、この程度の話は米国の公文書を丹念に追っていれば、国際政治好きの学部生でも知っていることだ。今更あえて語るような話ではない。

今、我々が議論して想定すべきことは「米国の対中政策の強硬度」の度合いである。

現段階において「米国の外交・安全保障関係者の間で対中抑止がコンセンサスになった」という話は「何かを言っているようで実は何も言っていない」周回遅れの主張に過ぎないものだ。

仮に米国の対中政策が変化したならば、我々日本人が知りたいことは「米国が中国に対して何をどこまでやりたがっているのか」、そして「日本はどのように対応すべきか」ということだろう。

「トランプかバイデンかは無関係」という残念な主張

そのために必要なことは、外交・安全保障の分野の調査研究だけで良いのだろうか。結論から言って、それはNoだ。日本の外交・安全保障関係者の中には「トランプか、バイデンかは無関係だ」と主張する馬鹿もいるが、全くナンセンスな主張であり、日本の先行きが心配になる。

当然であるが、米国政府の意向を正確につかむためには米国の政治状況を詳細に掴むことが必要だ。なぜなら、外交・安全保障関係者が立案する政策も民意によるオーソライズが存在しなければ、絵に描いた餅に過ぎないものになるからだ。

我が国の例を挙げると、外交・安全保障関係者が戦略上合理的な意思決定をしない日本政府に対して愚痴を述べている姿を良く目にするが、これは彼らが主張する戦略上合理的な政策を民意がオーソライズしていない結果だと言えるだろう。

大統領選次第では対中関係が大きく変わってしまう

米国は覇権国家であるため、まるで外交・安全保障上の国家理性が機能しているように錯覚している日本人も多い。しかし、米国は同時に世界最大級の民主主義国でもあり、その政治的な行為は常に民主的な意思によって裏打ちされたものになっている。

トランプか、バイデンかは「対中政策の強硬度」に決定的な影響を与える要素となるだろう。また、対中政策の予算、大義名分、方法論においても決定的な違いを生み出すことになる。

現在の米国選挙に関する世論調査を参考にすると、バイデン大統領及び民主党多数による上下両院議会が誕生する“トリプルブルー”の可能性がある。

民主党トリプルブルー政権においては社会保障費・公共事業費の増額は不可避であり、それは必然的に軍事予算を圧迫していくことになるだろう。トランプ政権は軍事予算の中期的な見通しを便宜上示しているが、それがリベラル色を強める民主党のホワイトハウス・連邦議会で維持できるかは極めて疑問である。

したがって、バイデン政権が誕生した場合、トランプ政権が継続する場合と比べて、予算制約によって安全保障上のオプションが相対的に制限される懸念がある。国家予算は民意のコンセンサスであり、政治過程を無視した外交・安全保障政策など存在しない。