第二次世界大戦について日本人の立場で議論

【三宅】イギリスの学校で印象的だった出来事はありますか?

【ハリー】ヒル・ハウスの歴史の授業で第二次世界大戦について学んだときのことです。南京事件に関するディスカッションをクラスでやることになって、僕一人に対して全員が相手という構図で議論をすることになったのです。僕は当時の日本軍の行為を肯定するつもりはまったくなかったんですけれども、クラスで唯一、日本人の血を受け継いでいるという理由で。

【三宅】ディスカッションはどうなったのですか?

【ハリー】そもそも僕自身が1930年代の中国でおきたことについて知らなかったので、何も言い返せませんでした。でも、その授業でビデオや写真でいろいろ見せられて、かなり痛烈な体験をさせてもらえました。

【三宅】いろんな意味で痛烈ですね……。

【ハリー】ただ、戦争で難しいところは、戦勝国の歴史が正当化されてしまうことです。ようするに当時の僕にはディベートをするだけの知識とディベート力がなかっただけなんですね。後々いろんな勉強をしたり、父が書いた本も読んだりしで、両サイドの見方を知ることができるようになった今なら、1対全員でもそれなりの議論ができると思います。

一族200年の歴史の中で初のオックスフォード不合格

【三宅】ハリーさんのお話を聞いていると、現在の生き方や価値観の根幹にイギリス時代のことが深く根づいているようですね。

【ハリー】それはあります。でも、すべてが成功体験とは言えません。とくに20代半ばから後半にかけて僕の中でずっと十字架のように重みを感じていたことは、実は大学入試のことです。

僕のイギリス側の家族であるスコット・ストークス家では、男子は代々オックスフォード大学かケンブリッジ大学に進んでいます。僕も当然そのつもりだったのが、200年の歴史で僕が初めて落ちたんです。

僕はそれがずっと悔しくて。しかも恥ずかしいことに試験すら受けさせてもらえなかった。その前の面接で落とされているんです。

【三宅】ということは、学業ではなく姿勢の問題?

【ハリー】気の緩みがあったのだと思います。僕はオックスフォード大学の日本学科に入ろうとしていました。向こうからすると「母親が日本人の学生が来た。英語もペラペラだし、ウィンチェスター・カレッジの寮長だし、なるほどなるほど」という感じでしょう。

その面接で「日本に対して興味があるのか」と聞かれたとき、「いろんなことを知っています」という態度で答えてしまったんです。「すでにある程度日本語を喋れるし、とりあえず入れてくださいよ」みたいに。学ぼうとする姿勢がゼロですよね。

イーオン社長の三宅義和氏(左)とタレントのハリー杉山氏
撮影=原貴彦
イーオン社長の三宅義和氏(左)とタレントのハリー杉山氏