妊娠中の医師が、すべての職種の働く妊婦のために立ち上がった意義

しかしながら、当該措置が規定されたところで、それによって現場の働く妊婦がすべて救済されるかと言えば、現実は非常に厳しい。措置に対する理解が事業主にも医師においてもいまだ十分に進んでいないことも原因のひとつだが、それだけではない。

それゆえ要望書は、現場における問題点を列挙し、その周知徹底を求めるとともに、政府主導のより一層踏み込んだ措置の策定を求めている。

さらに特筆すべきは、この要望書で政府に求めている事項は、医療従事者に限らず、その他すべての職種の働く妊婦についても同様に適応されるべきとしているところだ。命を救う医療現場で奮闘している妊娠中の医師が先頭に立って、医療従事者のみならず、すべての妊婦と胎児の命を守れとの声を上げた意義は極めて大きい。

<問題点>
1.新型コロナウイルス流行により妊婦が被る健康上のリスクが認識されていない
2.「感染する恐れによる心理的なストレス」を理由にした新しい母子健康管理指導事連絡カードの使用が、産科医に周知徹底されていない
3.感染リスクの高い職場での就業を避けるためには、まずはじめに妊婦側から就業制限や休業を求めるアクションを起こさなければならない
4.企業や病院における安全配慮義務が周知徹底されていない
5.母子健康管理指導事連絡カード提出後の措置については、労使間での話し合いに任されている
6.休業した場合の経済的な補償がない
<要望>
1.妊婦を新型コロナウイルス感染におけるハイリスク群に分類明記し周知徹底すること
2.病院側・事業主の責任において労働者の安全を確保すること
3.妊婦への休業手当の支給と休業手当等を支給した事業主への助成金制度の創設

※全文は以下ツイートに掲載されている。ぜひご確認いただきたい。

働く妊婦の声は政治をも動かした

こうした働く妊婦の声は、野党議員だけでなく与党議員も巻き込み、ついに政府をも動かした。5月22日、安倍晋三首相は衆議院厚生労働委員会において与党議員の質疑に対し、新型コロナウイルス感染症への不安で仕事を休む妊婦について、休業中の収入を補償する新たな仕組みを設ける考えを表明、第2次補正予算案の編成に向け「早急に具体化する」と明言したのだ。そして5月27日、安倍内閣は第2次補正予算案を閣議決定し「新型コロナウイルス感染症に関する母性健康管理措置により休業する妊婦のための助成制度の創設」に90億円を充てるとした。

確かに、これは一歩前進だ。しかし制度というのは作って終わりではない。ただ予算を組めばよいというものでもない。その制度が実際に現場で機能するのか、運用にあたっての障壁はないのか、障壁が存在するならいかにそれを取り除くのか、制度からこぼれ落ちてしまう人の出ない設計となっているか、そういったきめ細やかな配慮がないまま作られた制度は、窮状の打開策には到底なり得ない。