個々人が各々の領域で使命感を持っていた

スティーブが戻ってきた当初、私は不安を感じたのですが、最高のものを作ることに全身全霊で取り組む彼の姿には、迷いが見られませんでした。彼の決意は紛れもない純粋なもので、ただのスローガンに終わらせない決意がみなぎっていました。

河南順一『Think Disruption アップルで学んだ「破壊的イノベーション」の再現性』(KADOKAWA)
河南順一『Think Disruption アップルで学んだ「破壊的イノベーション」の再現性』(KADOKAWA)

「ブランド」「広告」「広報」「イベント」「コラテラル(制作物)」「ウェブ」の6チームからなるワールドワイド・マーケティング・コミュニケーション(WWマーコム)のミーティングは、スティーブとグループ全体で集まるミーティングで戦略や主となる施策を討議します。そして、具体的なイベントやプロジェクトの詳細に関係する議題については、それぞれのチームと担当者で別セッションや個別ミーティングを行って議論、調整できるよう、クパチーノ(アップル本社)のメンバーとはほぼ毎月顔を合わせていました。

担当するタスクや責任は異なり、バックグラウンドや性格も違うのですが、割り当てられた仕事をただこなすのでなく、個々人が各々の領域で「最高のものを作る」創造の業に携わっている使命感があったように思います。ときどき、「理不尽」なことを求めたり求められたりするので衝突があるのですが、従来のやり方を覆すことを実行するのであれば、当然のことです。

このチームのメンバーがどのようにイノベーションに作用する者となって融合したのかを考えると、3つのポイントがあります。以下、3つのポイントについて説明しますが、これは、ガイドラインとして定めてあったことではなく、ディスラプションに巻き込まれ作用される側にいた私が、チームに加わり作用する側に回ったときに抱いた感覚です。

アップルは“究極のオタク”だ

1つ目は、「創造力とオブセッションを最大化する」です。

イノベーションを語るとき、創造性や情熱の重要性は誰もが説き、掲げることです。では、アップルでこれがお題目に終わらないのは、どこが違うのでしょうか。

破壊的イノベーションの理論を最初に提唱したのは、ハーバードビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授です。スティーブは1997年に刊行されたクリステンセンの著書『イノベーションのジレンマ』(翔泳社)に大きな影響を受けていました。

クリステンセンもアップルに注目しており、2011年に受けた取材ではアップルについて、「彼ら(アップル)はとにかく他とは違うところがある。彼らは究極のオタク(freak)だ」と述べています。これはまさにオブセッションを指しています。