出生前診断の「誤診」でダウン症児を産んだ母親がいる。その子は生後3カ月で亡くなったが、母親は子供が「生まれてきたこと」自体が誤りであるとして、医師と医院に損害賠償を求めた。ノンフィクション作家の河合香織さんは著書『選べなかった命』(文藝春秋)で、この母親の声を丹念に拾った。取材・執筆に5年をかけた河合氏の思いを聞いた——。
「美しい言葉なら誰でも言える」
河合の選んだテーマは「出生前診断」。この本で全編を通して描かれるのは、出生前診断の誤診によってダウン症の子供「天聖」を産んだ母親・光だ。天聖はわずか3カ月でその生を終えている。
光の名前は仮名だが、天聖は実名である。そして書かれていることはすべて事実だ。2013年、光は「出産するか人工妊娠中絶をするかを自己決定する機会を奪われた」として、函館で医師と医院を提訴している。
結果的に、光は誤診によって子供が「生まれてきたこと」自体が誤りであり、生きたことが損害にあたるか否かを、裁判という形で世に問うことになった。
インターネット上で誰もが気軽に意見を表明できる時代である。彼女の行動は新聞報道などを通じて大きな議論になった。ダウン症の子供を産むこと自体が損害だとみなしていないか、ダウン症と診断されたら中絶していたかもしれないというのは差別ではないか——。
なるほど批判は正論である。だが、河合は「美しい言葉なら誰でも言える」と書く。彼女自身も実際に出産を経験し、妊婦健診で子供がダウン症で生まれてくる可能性を指摘された。