選択的中絶の対象にはならないはずの病気

NIPTの検査を受けて結果がわかっても、病気の評価がむずかしくて本人たちがどうしたらいいかを決められずに苦しむこともあります。

ケース2:赤ちゃんがクラインフェルター症候群と診断されたカップル

妊娠12週のときに胎児の首のうしろにむくみ(NT)がみつかって、当院に紹介されてきた妊婦さんの例です。前医の医師からなんの前ぶれもなくNTを告知されたためか、妊婦さんもパートナーの方も非常に動揺し、緊張して受診されました。

じゅうぶんな遺伝カウンセリングのあとに、染色体の病気の可能性も想定してNIPTの検査をおこなったところ、後日、「18トリソミー」が陽性という結果が出ました。確定検査としてあらためて妊娠16週で羊水検査をすると、染色体検査の結果は18トリソミーではなく、性染色体の数が多いクラインフェルター症候群という意外な結果となりました。

クラインフェルター症候群では、男児はふつう、性染色体は「XY」ですが、X染色体が1本多い「XXY」となります。ほとんどの場合で正常男性となにもかわらず、精神的にも肉体的にもまったく正常発達を示します。成人になって男性不妊をおおく認めるのが唯一の症状です。

一般的にはこの疾患の男性は、生まれてからもほとんど気がつかれることがなく、長じてから不妊症の検査によって診断されることが多いのです。ふつうに考えれば選択的人工妊娠中絶の対象にはなりません。医療者のほとんどもそのように考えます。

「性染色体の病気」を受け入れられなかった

染色体検査の結果は、心配していた18トリソミーではなくクラインフェルター症候群だったことや、男性不妊がほぼ唯一の所見で、あとは問題ないことが多いこと、心配していたNTもこれが原因であろうと、カップルにお伝えしました。これで安心していただけるかと思ったのですが、案に相違しておふたりの顔色は暗いままです。

「そうはいってもやっぱり生まれつきの病気なんですよね?」

——いえ、性染色体の数が多いのはまれにおこることで、病気といえるかどうかは考えかたによるでしょう

「でもおおきくなってから不妊症で苦しむことになるんでしょう?」

といった感じだったのです。

本人、パートナーとも妊娠中期中絶を強く望みました。私はもう一度ゆっくりと相談してもらうため、2日後にあらためて遺伝カウンセリングの機会をつくりました。しかし、カップルの決心は結局かわりませんでした。

もちろんおふたりともクラインフェルター症候群のことはよく理解されたのだと思います。しかしどうしても性染色体の病気をもっているとわかっている子どもを受けいれることができなかったのです。

出生前診断に携わるわれわれは、この病気は人工妊娠中絶の対象とならないと思うという気持を伝えても、ますますおふたりは傷つき苦しむだけでした。