カップルには中絶を選ぶ権利がある、とはいうものの……

クラインフェルター症候群である場合、多くの人がふつうに充実した人生を送っています。そのことを考えれば、生まれてくる子どもの利益に訴えて妊娠中絶を正当化することは難しいでしょう

一方で、女性とそのパートナーが妊娠継続か中絶かの選択の権利をもつことを私たちの多くは認めています。それぞれのカップルには個別の事情がありますし、カップルには中絶を選択する「権利」があるという考え方は広く受けられています。

主治医としても、最終的にはカップルの自立的な選択を受けいれるか、どうしてもカップルの選択を容認できない場合は、ほかの施設や専門家への紹介をおこなうかの選択をせまられます

しかし遺伝カウンセリングの原則にたちかえるかぎり、個人的な倫理や道徳を押しつけることは禁忌とされていますし、クライエントを最終的には受容せざるをえないのでしょう。世のなかにはいろいろな選択があるのだという一種の諦念のもとで、ご夫婦の最終的な決断を尊重することになります。

出生前診断がこういった疾患をみつけだして、カップルだけでなく医療者すらも不条理な状況におとしこんでしまう場合があります。出生前診断が本当に意味のある検査であるか考えこんでしまいます。

すこしでも安心したくて受けた検査が、まったくちがう当惑や苦悩を引きおこすことがあるのです。

あいまいな情報で決断しなければならない苦悩

ケース3:赤ちゃんに「脳梁形成不全」が見つかったカップル

胎児に脳室拡大が見つかったため当院を紹介されてきた妊娠20週すぎの妊婦さんの例です。このかたは繰りかえす流産の既往があったため、今回は妊娠初期に胎児の染色体検査をおこない、正常であることが確認されていました。

超音波による精密検査で、両側の脳室の拡大があり、それと関連した脳梁の形成が悪いことを認めました。しかしそれ以外の脳の奇形などの存在ははっきりしませんでした。

妊娠20週の胎児の頭は5センチほどの大きさしかないので、画像診断でわかることは限られます。サイトメガロウイルスや風疹といった先天異常をおこすような感染症は陰性という結果でした。追加の検査をおこなおうにも時間的余裕はありません。

おふたりは妊娠を続けるかどうか、かなり迷っている様子でした。中絶をおこなえるのは妊娠21週6日までであり、準備の時間を考えるとこの一両日中に決断しなければならないでしょう。

本人の気持は産むか中絶するかの両端を振り子のようにゆれ動いて、パートナーはとにかく本人の意向をたいじにしたいとのことでした。