北海道では1000人規模のスカウトを実現

突然の訪問に最初は戸惑っていた相手も、漁師たちのいい働き口がほしいと常々思っていたようで、訪問の主旨がわかると「そんなら話を聞こうか」と乗り気になってくれました。そこで、持参した酒と肴を取り出し、

「出稼ぎに行きたい漁師さんたちを集めてくれないかな。一杯やりながら話をしようや」

と水を向けたところ、地元に残っている人たちを方々から呼んでくれたのです。そして、酒を酌み交わしながら話をつけ、その場で多くの働き手を確保することができました。

男鹿で話がまとまると、次は少し南に下って大曲市(現・大仙市)や本荘市(現・由利本荘市)へ、さらには福島にも足を向けました。わざわざ出向いての人探しですから、わずかな人数では埒が明かず、まとまった数を調達できるところを探し求めて歩き回ったのです。

そして、ついには北海道まで足を延ばしました。昆布漁が盛んな茅部郡です。一時期足繁く通って、その一帯で漁に携わっている人たちを丸ごとスカウトすることに成功しました。実に1000人にも及ぶ規模でした。

ハタハタ漁にしても、昆布漁にしても、漁の時期に不在だと漁業権を失うことになるので、何を置いても帰らなければなりません。そのため、その穴埋めをしてくれる人たちをあらかじめ調達しておく必要がありました。

そこで、その時期に出稼ぎが可能な人たち──漁業関係者だけでなく、例えば青森県などに出向いてりんご農家の人たちに声を掛けるなどして、入れ替わりで必要な人数の補填に努めました。漁師と農家を組み合わせることで、うまくローテーションを組めることが多かったです。

漁の仕事への「誇り」が工場でのモチベーション

こうして日本各地から集めた人たちは、一般工として工場の中でよく働いてくれました。例えば秋田の漁師さんたちには小松製作所の鋳物工場のラインで、砂型からはみ出した部分(バリ)を削る「はつり」の作業などをしてもらいましたが、仕事ぶりがすばらしいと小松製作所の担当の方から高く評価していただくことができました。

「俺たちゃいつも生きている魚を追いかけているんだ。漁で鍛えられてるんだよ。工場の仕事なんか朝飯前さ」

と彼らは自分たちの生業に強い誇りを持っていて、この誇りが工場の仕事でも精いっぱい頑張ろうというモチベーションにつながっているようでした。

出稼ぎの面々が頑張ってくれたおかげで、私自身の信用度も大きくアップすることになりました。小松製作所からは、安心して任せられると思ってくれたのか、さらなる増員の依頼があり、しまいには鋳物工場の工程を一手に引き受けるくらいまで工員の数も増えていきました。