あくまで「対面診療の補完」と位置づけられてきたが…

しかし、「遠隔診療に関する厚生労働事務連絡」(2015年8月)において「遠隔診療についても、現代医学から見て、疾病に対して一応の診断を下し得る程度のものであれば、医師法第20条等に抵触するものではない」との判断から本格的な導入は始まった。例えば、高血圧等の生活習慣病については、医師がオンラインを介して血圧コントロールの確認等を行うことができる。2018年4月の診療報酬改定では「オンライン診療科」が新設されている。ただし、オンライン診療はあくまで「対面診療の補完」と位置づけであった。

診療報酬に算定される(医療機関に対して対価が支払われる)疾病は前述の高血圧の他、糖尿病や喘息、認知症、てんかんなどに限定的である。診察は「目で見て触ってナンボ」、「十分な診療が不可能である」、「有効性に関する十分なエビデンスがない」などオンライン診療に対する医師の反対は根強い。東京都医師会が実施した「平成29年度 医療IT化に関する調査」によれば、オンライン診療に「どちらかといえば賛成」が38.9%、「どちらかといえば反対」が38.4%と医師の間で意見が拮抗している。

現場=医師の反対もあってか、オンライン診療には厳しい要件が課されてきた。僻地など一部の地域を除いて初診は対面が必須である上、「直近3カ月の間、オンライン診療を行う医師と同一の医師により、毎月対面診療を行う」こと、「緊急時には概ね30分以内に対面による診療が可能な体制」が整ってなくてはならないこととされる。そのためオンライン診療は遅々として普及していない。

オンライン診療料等を届け出ている施設は病院65、診療所905(2018年7月現在)にとどまるという(※1)。医療機関から保険者への請求書であるレセプトでみても、全体の件数が毎月1億枚であるのに対して、オンライン診療に係るレセプトは100枚に過ぎない。

他方、世界では、医療分野におけるデジタル技術の活用が進展してきた。米国はオンライン診療に早い段階から取り組んでいる他、中国や欧州でもオンラインを利用した医療が急速に進んでいる(※2)。新規の制度を創設する一方、要件を厳格にするあまり、結果として普及が妨げられることは医療以外の分野でもしばしば見受けられる。特に医療においては対面診療等による安全性の徹底が、錦の御旗のごとく掲げられることが多い。

しかし、非常時=感染拡大においては、対面診療を強制することがかえって、患者を院内感染のリスクにさらし、安全性を損ねていることは看過すべきではない。対面に代えたオンラインによる診療が、こうした感染リスクを軽減する上で有用だろう。

(※1)m3.com
(※2)経済同友会「オンラインによる診療から服薬指導までの一気通貫の実現を」(2019年4月23日)

診療が有効かどうか質を測る仕組みすらない日本

オンライン診療は、その「有効性について一定レベルのエビデンスが確認されていることが必要」とされる。ここでいう有効性は、対面診療と比較されるべきであろうが、対面診療の有効性に係るエビデンスもないのが現状だ。オンライン診療の質(症状の改善といったアウトカム)云々といっても、そもそも対面診療の質自体が測られてきたわけでもない。

同様のことは上下水道・図書館など公共インフラ・施設の民間委託にもいえる。「運営を民間に任せると公共サービスの質が低下する」という批判があるが、現行(=直営)の施設等の質自体、測ってきたわけではない。対面診療であれ、施設等の直営であれ、既存の制度に対する評価は、オンライン診療や民間委託など新たな取り組みに比べて甘くなりがちだ。

そのため有効性の有無は客観的な「データ」ではなく、現場の「感覚」で判断されかねない。新たな政策に対しては有効性や質の向上など本来は同じ疾患(例えば高血圧)を持った患者等を、オンライン診療と(その比較対象である)対面診療のグループに分けて、有効性やアウトカムを比較すべきだろう。政府は「証拠(エビデンス)に基づく政策形成(EBPM)」の促進を掲げているが、オンライン診療を含む新たな政策の効果を検証するには、適切な比較対象が必要である。比較できなければエビデンスも集めようがない。

加えて、診療報酬(医療機関への対価)上、オンライン診療と対面診療の差が大きいことが医療機関にオンライン診療を促進する誘因を阻害している。患者に問診して処方箋を出すなど同じような診療行為であっても、対面診療に比べてオンライン診療への報酬は千円以上低くなるという。収益の観点からすれば、IT投資やシステムの構築などオンライン診療に係るコストに見合わないことになる。