東南アジア最大の感染者数「失敗は許されない」

とはいえ、マレーシアは日本と比べると感染者数はまだ少ない。3月17日にはじめて2人の死者を確認したばかりの状況で、なぜここまで大胆な策を採ったのか。それは、隣国シンガポールの感染者数を一気に超え、東南アジア最多の感染者数を抱える国となったからだろう。現に、3月17日(120人)、18日(117人)もさらに感染者数は急速な伸びを見せ、18日現在で計790人となっている。

マレーシア保健省のヌール・ヒシャム・アブドラ保健局長は、封鎖措置初日となった18日、厳しい表情でこう述べた。

「今日はこの“移動制限命令”の初日です。率直に言います、どうか自宅にいてください、他人とは距離を取るように。失敗はここでは許されません。さもなくば、われわれは“ウイルスの第三の波”に直面することになるでしょう。第三の波は、“津波(Tsunami)”のように大きなものとなるかもしれない、もしわれわれが不十分な対応しかしないのならば」

(写真左)アラートと大きく表示されたポスターがクアラルンプール市内の病院前に掲げられている。(写真右)クアラルンプール市内のクリニックにはマスクをした患者らが絶え間なく診察に訪れていた
撮影=海野麻実
(写真左)アラートと大きく表示されたポスターがクアラルンプール市内の病院前に掲げられている。(写真右)クアラルンプール市内のクリニックにはマスクをした患者らが絶え間なく診察に訪れていた

イスラム教モスクでの集団礼拝がクラスターに

なぜマレーシアでこれほど急速に感染が広がったのか。そこには、宗教の存在がある。

マレーシアの首都クアラルンプールのモスクでは、2月27日から4日間にわたって行われた宗教行事に、国内外から約1万6000人が参加した。モスクなどの礼拝所は、信者が狭い空間に密集して一定時間滞在し、接触頻度も増え、極めて危険なクラスターとなり得ると指摘されている。実際に18日までに参加者のうちマレーシア人513人の感染が確認されているほか、ブルネイやシンガポールから参加した53人も帰国後に感染が判明している。

集団クラスターが発生したクアラルンプールのモスク。医師たちによる追跡調査が行われている
写真=Facebook DG Hisham
集団クラスターが発生したクアラルンプールのモスク。医師たちによる追跡調査が行われている

テイクアウト、まとめサイト……封鎖措置に素早く対応する飲食店

マハティール・モハマド前首相に代わって、就任したばかりのムヒディン首相は16日22時、首相官邸で「われわれは他国で短い間に数万人が感染する状況を目の当たりにしており、国民が同様の事態をマレーシアで目にすることは望まないだろう。国民がこの難局を克服できることを望む」と訴えた。この強硬にも思える策は、すでに他国で急速な広がりを見せている状況がマレーシアでも起こることを、国家を挙げて事前に防ぐためであるという強い意志表示である。

おおむね、この封鎖措置は国民から真摯しんしに受け止められた。首相演説後のわずか数時間後から、飲食店などは店舗の椅子やテーブルを片付け、“テイクアウト(持ち帰り)可能”の看板やチラシなどを掲げたほか、SNS上でも宅配可能なレストランがまとめサイトに上がっている。

マレーシアでは、屋台などで150円ほどで麺類やチキンライスなどを気軽に食べることができる外食文化が根付いているため、飲食店の閉鎖は国民にとって一大事だ。その切羽詰まったニーズを埋めるため、多くの飲食店の動きは非常に速かった。

(写真左から)店内での飲食は厳しく制限されるため、テーブルと椅子をすべて片付け、持ち帰り注文の客を待つ中華料理店の経営者。3月18日からの2週間、「持ち帰りか宅配には応じます」とシャッターに掲げていた飲食店。完全に閉店すると収入は途絶えてしまう
撮影=海野麻実
(写真左から)店内での飲食は厳しく制限されるため、テーブルと椅子をすべて片付け、持ち帰り注文の客を待つ中華料理店の経営者。3月18日からの2週間、「持ち帰りか宅配には応じます」とシャッターに掲げていた飲食店。完全に閉店すると収入は途絶えてしまう