国境を超えて人の心を鷲掴みにした

その頃になると、少し離れて見ていたストリッパーや客引き、インド人がステージのかぶりつきに座りだした。中には仲間に電話をかけて呼び出そうとする者もいる。

ステージの最中にも次々に客が入ってくる。バンコクのバーが日本のストリップ劇場のようになり、観衆はヨーコの世界の虜となっていた。

「ボオーッ」という音とともに、最後のファイヤーショーで火が噴き出ると、この日一番の大きなどよめきが起こった。そして、ヨーコの「ファイヤー」の掛け声とともに、自然とファイヤーコールが起きる。計3度の「ファイヤー」がバーの中を温かく包み込んだのだった。あの仏頂面の女も今や観音菩薩のような顔となり、満面の笑みを浮かべてヨーコの芸を讃えていた。

花電車芸を披露するファイヤーヨーコさん。『花電車芸人 色街を彩った女たち』より。
撮影=八木澤高明
花電車芸を披露するファイヤーヨーコさん。『花電車芸人 色街を彩った女たち』より。

私は、本物の芸が持つすごさに感嘆を覚えずにはいられなかった。音楽は国境を越えるというが、正にヨーコの芸も国境を越えて、人の心を鷲掴みにしたのだ。

花電車は、一説には上海から大阪、そして日本全国へと広まったという。おそらく、花電車を知らせようと思った人物も、その芸に驚きを覚えたことから、日本へ伝えたのだろう。この場でヨーコの芸に驚きを覚えた人物が、いつかどこかで芸を広めるかもしれない。そうなれば、ヨーコの思いは通じたことになる。だが、未来のことよりも、私は異国の地で人々とヨーコの芸を共有できたことが、何より嬉しくてたまらなかった。

「ユーアー ナンバー1」

ステージを終えた後、あの仏頂面で鬼瓦のようだった女や、昨日ピンポン玉を出していたストリッパーたちがヨーコを取り囲んでいた。彼女たちは、ひとつひとつの芸に対して、ヨーコを質問攻めにしているのだった。ヨーコは嬉しそうな表情で、惜しげもなく芸のやり方を伝えている。

交渉初日の出来事からは、思いもしない結末であった。まさかここまでうまくいくとは、予想もしなかった。

しばらくすると、照明が暗く落ち、この日のバーの営業がはじまった。ヨーコはステージで踊る一人一人のストリッパーに、100バーツのチップを渡していく。ストリッパーたちがヨーコに手を合わせてお礼を言っていた。

その光景を見た私の胸には、言葉ではうまく表現できないのだが、熱いものが込み上げてきた。

バーを出て通りを歩いていると、ヨーコのステージを見た客引きたちが、次々に声を掛けてきた。

「ユーアー ナンバー1」

この日、バンコクの片隅に、性器から火を噴く女の伝説が刻みこまれたことは間違いないだろう。

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