熱烈な支持者が一瞬にして手ごわい批判者になりうる

これを提唱するニールセン・オンラインのバイス・プレジデントであるピート・ブラックショーは、5つの原則は道義的な問題ではなく、企業の死活問題であると考えている。インターネットの発達で、ブログやウェブのソーシャルネットワークを通して消費者が自由に発言し大きな影響力を持つようになった時代、つまりCGM(consumer-generated media)の時代では、企業が5原則のどれか一つにでも違反すれば、とてつもなく大きなリスクにさらされる。日本でも大阪の高級料亭があっという間もなく瓦解したように、誠実に消費者と向かい合うことが企業の至上命題になっている。

口コミマーケティングは両刃の剣であり、5原則の1つでも違反すれば、企業の熱烈な支持者が一瞬にしてもっとも手ごわい批判者に変わってしまう。企画、開発、販売、アフターサービスのすべてのプロセスで、顧客に正直で、誠実であることが求められるのである。

口コミマーケティングは単なる広告活動ではなく、企業が「愚直に、まじめに」企業活動を遂行できるための、企業変革活動なのである(※注3)。したがって、口コミマーケティングには経営トップのコミットメントが必須であり、経営戦略と連動して展開していかねばならない。

口コミマーケティングの実務からいえば、5原則の中でも、顧客の要求に敏感に反応する仕組みづくりを優先すべきであろう。そのためには、感性のよい人を選抜したうえで、顧客の本音を聞き出すコミュニケーショントレーニングを繰り返し実施することが必要となる。さらに、顧客から引き出した本音の要求を経営施策に反映し、もしトラブルの前兆となる情報が入ったら24時間以内に対応できるような体制をつくらなければならない。

本当によい商品をつくり、5原則を守ったとしても、それでもミスは起きるものである。ミスに気づいたとき、または顧客から思いもかけないクレームがよせられたとき、すばやく誠実に対処する仕組みの整備が必須である。口コミマーケティングが成功するためには、経営陣やマネジャーが常に現場を直接モニタリングする仕組みづくり、企業の窓口であるコンタクトセンターや「お客様相談室」が健全に機能する仕組みづくり、顧客情報のデーター収集と分析の仕組みづくりなどが必須の準備作業である。

「総論賛成、各論反対」の議論が起きる理由は現場の負担が重くなることにある。そこで、仕組みをつくることによって現場の負担が軽くなる実感を持ってもらうことが成功のカギとなる。口コミマーケティングの成功は、企業がさらに力強く成長した証しなのである。企業が成長するためにはチャレンジが必要で、チャレンジには失敗や事故がつきもの。失敗や事故を0%にしようと思えば、企業活動を停止するしかなくなってしまうだろう(※注4)。

海外を旅していると、日本経済力の衰えを感じさせられる機会が増えた。海外のハブ空港に設置されたテレビは韓国製品が多い。ホテルでも日本製品に出会う機会がめっきり減った。

外国の街角を元気よく歩いているのは、中国人、インド人、アラブ系の人たちである。それにもかかわらず、筆者は日本経済の先行きを悲観していない。どんな時代になっても、顧客のために「愚直にまじめに」とことん努力する企業は生き残れる。口コミマーケティング活動を通して、優秀企業を増やすことができれば、日本は世界から尊敬されるビジネス・リーダーになれると信じている。

注1:家族療法で有名なセラピストのVirginia Satirの提唱した考え
注2:Pete Blackshaw “Satisfied Customers tell three friends, Angry customers tell 3,000” p15
注3:新原浩朗『日本の優秀企業研究』日本経済新聞社 p284
注4:吉田道雄『医療事故の人間的側面』 産労総合研究所 p57

(ライヴ・アート=図版作成)