短期的対応と中長期的対応とに分けて取り組む

もし不確実性がなく、あるいは、不確実性があっても、もし経済主体が不確実性に対して無頓着であるリスク中立的であるならば、個々の経済主体としては15%の節電を守ることが合理的であることから、15%の節電はぎりぎり守られるかもしれない。しかし、罰金だけではそれ以上の節電を行うインセンティブがない。

もし「ムチ」となる罰金とともに「アメ」となる報奨金が伴っていれば、報奨金の多寡によっては、多くの経済主体が15%以上の節電を行うことを有益であると考えて、15%以上の節電が実現するかもしれない。その意味において、報奨金と罰金はインセンティブ・メカニズムの両輪としてより大きな節電に貢献することであろう。

上述した節電に向けての取り組みは政府のエネルギー政策、そして電力不足対応策を所与としたものであって、企業も含めて国民は受け身で、それを所与として行動せざるをえない。

8月の各週の電力需給見通し(東京電力管内、7/30現在) ※最大電力は、各週の最大需要想定値、供給力は各週の平均値を記載 出典:東京電力HP

8月の各週の電力需給見通し(東京電力管内、7/30現在) ※最大電力は、各週の最大需要想定値、供給力は各週の平均値を記載 出典:東京電力HP

個々の経済主体も長期的には政府の施策に対して構造的に対応することも可能であるが、短期的には難しい。政府こそエネルギー政策および電力不足対応策に対して短期的対応と中長期的対応とに分けて取り組む必要がある。

確かに自然エネルギーへのエネルギー政策の転換については、今回の福島第一原子力発電所の事故が起きていなかったとしても、中長期的には持続可能な経済成長とCO2削減のために必要なことであり、誰も反対をしないであろう。

問題は、そのような自然エネルギーへの転換がどのような時間的視野に実現可能であって、エネルギー政策の中で計画されうるのかについて、検討する必要がある。

そのような中長期的なエネルギー問題を検討すると同時に、今夏そして、1~2年先の電力不足を乗り切るために、短期的な対応にどのように取り組むかが重要である。国民生活および企業活動にとっては喫緊の課題であることから、国民や企業は短期的な対応に対して最大の関心を持っている。

電力・エネルギーは、企業の生産活動にとっては、労働、資本、土地の3つの主要な生産要素と並んで、不可欠のものである。電力・エネルギーの価格が上昇するだけで、労働、資本、土地の生産性が低下する。とりわけ、73年に原油価格が4倍に上昇した石油ショックは、日本におけるこれらの生産性を大きく低下させることとなった。

そのために、他の生産要素とは異なり、自由に移動することができる資本は、その後、より資本の生産性の高い外国を目指して、流出するとともに、日本の産業構造を多く変化させる結果となった。

電力・エネルギーの価格が上昇するだけでも労働、資本、土地の生産性が低下するのであるから、電力・エネルギーの供給制約に直面すると、これらの生産性が低下するばかりではなく、生産能力自体が制約を受けることとなる。

そして、生産能力の制約は、経済成長に対して上限を付すこととなり、日本経済の停滞を一層深刻化させることになる。さらに深刻なことは、資本の生産性が低下したために資本が流出し、国内における設備投資が趨勢的に縮小すると、将来の日本国内の資本ストックの成長トレンドが下方にシフトすると同時に、潜在経済成長力のトレンドをも下方にシフトさせることとなる。

経済成長戦略に取り組んでいるという政府は、現在の状況が日本経済の潜在経済成長力のトレンドを一層、低迷させることになりつつあることを認識して、短期的な対応にこそ取り組む必要があろう。

(AP/AFLO=写真 平良 徹=図版作成)