「業績のリスト」が短くてもマイケル・ポーターが尊敬されるワケ

【楠木】意外に思われるかもしれませんが、大学という組織はもともと教育と研究を分けて考えているフシがあります。教官のほとんどが研究者で、主軸を研究に置いている人がほとんどです。おっしゃる通り、ビジネススクールではスキルの伝授が求められています。それはそれとして割り切って伝授するというのが、教える側の前提になっていると思います。

では、研究のほうはどうかというと、本来はセンスがいいとか悪いとか言っていればいいはずの世界なんですが、なかなかそうもいかない。なにしろアカデミックな世界には人がたくさんいるので、人をさばききれない。評価ができないのです。そこで、経営学のような分野でもほぼ自然科学のアナロジーで業績評価をしています。

【山口】論文の引用回数が多いとか?

【楠木】それ以前に、そもそもジャーナル(学術雑誌)に論文が載るかどうかですね。学術雑誌に論文が掲載されるためには、査読を突破しなくてはならないわけですが、そのためには前提として、アカデミックなフォーマットに則っている必要があります。

【山口】そういう体裁を整えていないと、お話にならないわけですね。

【楠木】僕は若いころからそうしたことに懐疑的でした。実を言うと、僕の専門である競争戦略という分野の創始者、マイケル・ポーター先生は非常に影響力のある人でありながら、アカデミズムの世界では「業績のリスト」が短い方なんです。

【山口】競争の戦略』って、すごい影響力がありましたけど……。

一橋大学大学院教授の楠木建さん、コンサルタントの山口周さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
一橋大学大学院教授の楠木建さん、コンサルタントの山口周さん

「学術論文なんて誰も読まないじゃないか」

【楠木】いまから20年ぐらい前になりますが、僕はアカデミズムの世界の息苦しさに耐えかねて、「ポーター先生の仕事はアカデミズムのフォーマットに必ずしも即していませんけど、いったい何を仕事のゴールにしていらっしゃるんですか」と尋ねたことがあるのです。答えは「インパクト!」でした。「アカデミズムのインナーゲームに付き合う必要はない。学者はとにかく自分の考えを世の中に伝えることからすべてが始まるんだ。書いたものが世界に何らかのインパクトを与えられればそれでいい。見てみろ、学術論文なんて誰も読まないじゃないか」と。

僕はポーター先生のこの言葉を聞いて、いろいろなことが吹っ切れたんですね。

M.E. ポーター『競争の戦略』(ダイヤモンド社)
M.E. ポーター『競争の戦略』(ダイヤモンド社)

【山口】いいお話ですね。これは「価値の本質とは何か」という話でもあると思うのですが、ある行為の価値って、世の中に富を生み出すとか、課題を解決するとか、つまりはインパクトがあるかどうかにかかっていると思うのですが、ひとつのシステムが価値を生み出すまでにはいくつかの連鎖がありますよね。たとえば、経営学という学問の外側に出版機能があったり研修機関があることによって、経営学は初めて価値を生むわけです。

【楠木】クリステンセンのバリューシステムのように。

【山口】そのシステムの内部にいる人のパフォーマンスを計量しようとするとき、本来ならば「価値の連鎖」にどのようにつながっているかが重要なはずですが、それを計量するのが難しいケースが多いので、いったん鎖を断ち切って、あるわかりやすい指標、いまのアカデミズムの議論で言えば論文の数や引用回数といった分かりやすいものをメジャーメントにしようということになってしまうんですね。

【楠木】そして、分かりやすいメジャーで測定できるスキルを磨こうとする行為が、結果として、センスを殺してしまうことになるのだと僕は思うのです。(後編に続く)

(構成=山田清機)
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