30代のうちに「もう会社に来なくていい」と言われる幸福

【山口】楠木さんとも親しい篠田真貴子さん(長銀、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経てほぼ日CFO。2018年に退任)のブログに、マッキンゼーで「あなたにはこれ以上成長の余地が見込めないから、もう会社に来なくていい」と言い渡された話が出てきます。コンサルの世界はとても厳しいんだと。でも、彼女はそれを30代のうちに指摘されているわけで、50歳で「あなたはもうおしまい」と言われるより、ずっとましだと思うのです。

ある仕事が自分に向いているかどうかをメタ認知することはたしかに大切だと思うのですが、マッキンゼーを辞めたときの篠田さんだって、ブログを読む限りメタ認知はできていない。でも、「もう会社に来なくていい」と言われた瞬間、メタ認知もへったくれもなく向いていないことを認めざるを得ない。内省せざるを得ないわけです。そして、これまでの人生で自分が最も得意だったことは何か、好きだったことは何か、周囲が褒めてくれたことは何かをトコトン考えることになる。ところが日本の大きな会社って、こうしたフィードバックの機会がほとんどないんですね。なんとなくうまくやれちゃってる状態のまま、50代まで来てしまう。

これはある意味、ものすごく残酷なことだし、国全体としての適材適所、言い換えれば、6500万人の労働人口をどうやってアロケートするかという問題において、パフォーマンスを大きく下げる要因になっていると思うんです。

篠田真貴子さんは若いころから「キラキラした人」だった

【楠木】僕は篠田さんをよく存じ上げて尊敬しているのですが、彼女は若いころから、なんと言えばいいんですかね、キラキラした人だったのだと思います。

一橋大学大学院教授の楠木建さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
一橋大学大学院教授の楠木建さん

【山口】なんですかそれは(笑)。

【楠木】慶應女子を卒業して、周囲からもそういうキラキラした人として扱われてきた方……。

【山口】たしかに華やかな感じの方ですね。

【楠木】きっと子供のころから一目置かれるタイプだったと思います。それだけに、マッキンゼーの一件で自分の向き不向きについて深く考えさせられたのかもしれません。

【山口】それは幸福なことだったと僕は思うんですけど。

【楠木】自分が本当に好きなことは何かを考え直すキッカケになったという意味で、その通りだと思います。翻って僕自身はどうかというと、もう、若いころからまったくキラキラしていないわけ。

【山口】なんですかそれは(笑)。

【楠木】何をやってもうまくいかない。学芸会でも「村人A」とか言った端役で、セリフは「今日は晴れだぞ」の1行だけ。若いころから、「こりゃ生きていくのは大変だぞ」と思っていたので、篠田さんよりずっと早い段階で向き不向きを考えざるを得なかった(笑)。