医学生など“部外者”も病院再建に協力しはじめた

ちなみに、常勤の2人の医師は、沖縄徳洲会病院で一緒に初期研修をした、救命救急が専門の土田真史さん。もう一人は、江角さんの父でガン治療学が専門の江角浩安さん(71歳)だ。

浩安さんは以前、国立がん研究センター東病院院長を務めていたが、志摩市で奔走する息子のためにひと肌脱いできてくれた。土田さんや浩安さんが縁もゆかりもない志摩市に来てくれたのは、個人的に仲のよい友人や家族ということもあるが、それまでに深い絆のある人間関係を築いていたからだ。

過疎地域医療の対策2「医学部生から中学生まで幅広く研修を受け入れる」

さらに病院では、院内の働くスタッフを呼ぶために研修生や体験学習生を積極的に受け入れていた。ただ、この受け入れ方が、常識外れだった。

受け入れたのは、まず医学部や薬学部などの医療関係の学生。これ普通だが、そのほかの医学・薬学部ではない学部の大学生や高校生、さらに中学生も受け入れることになった。筆者が取材へ行った昨秋には早稲田大学先進理工学部や慶應義塾大学理工学部の学生が院内で患者の身の回りのサポートをしていた。

「医学部生であっても、そうでなくても関係ありません。ただ目の前の患者さんのために、できることを皆ができる範囲で行う。その中で、担当した患者さんから『ありがとう。あなたがいてくれてよかった』と感謝されるようにがんばることが研修の目的です。人が生きるとは? 健康とは? 幸せとは? 実際の患者に接することで感じてもらいたい。人の健康や幸せをつくっていくことは、すべての業種で必要ですから」(江角さん)

たとえば、患者の話を聞くことなら、医学知識がなくてもできる。研修生たちは何時間でも患者に寄り添い話を聞き、患者の本音をくみ取ってくれるという。

江角さんが語る。

「こんなことがありました。脳梗塞のリハビリで入院していた一人暮らしのおばあちゃんが退院するので、看護師や理学療法士などがケアマネージャーとともに自宅を見に行ったんです(退院前訪問指導)。すると、家屋はボロボロだし、近所の人は、おばあちゃんが帰ってくると聞くと露骨にイヤな顔をしたそうです。これでは家には帰せないと、本人にも了解をとって施設行きの方針になりました。だけど、2週間経ったある日、学生が話を聞いていたら、おばあちゃんが『本当は家に帰りたい』と泣き出したんです。あわてて、自宅で暮らせるように支援する方針に変更しました」

※写真はイメージです(写真=iStock.com/Masaru123)

患者はしばしば、多忙な医師や看護師に対しては遠慮して本音を語らない。だが、時間をかけてじっくり話を聞いてくれる研修生なら、患者と人間関係を築くことができる。その中で患者は救われ、研修生にとっても「医療とは何か」「生きるとは何か」を考える貴重な機会になっている。

「研修生を受け入れることは、患者・研修生・医療者、地域のすべてにメリットがある。まさに三方よしなので、積極的に受け入れています」(江角さん)

彼らはここで、比較的重篤な患者のサポートを担当する。そして、その人に向き合い、自分なりの役割を見つけた時に、意識が変わる。若い学生たちが病院や地域の支え手になったり、新たな仲間を呼ぶ力になったりするといった小さな奇跡が志摩市民病院の大きな奇跡へとつながっていったのだ。(後編へつづく

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