満足度調査による課題解決の落とし穴
患者満足度と従業員満足度調査をうまく設計して適切な質問表をつくれば、因子分析やクラスター分析や重回帰分析などの多変量解析を応用できる。それらの手法を駆使すれば、それぞれの課題達成に関連する要因、ならびにそれらの諸要因の諸関係を導き出すのは簡単だ。たとえば、「『患者の不満度』と『病院からの情報の乏しさ』との間にプラスの相関があり、特に入院患者についてはその相関がはっきり出る」とか、「『医療サービスの遅滞』、および『医療ミス』は、『現場の権限の不足』が見られるときに生じる確率が高い」とかといった興味深い事実も発見されるかもしれない。
課題(患者の不満や医療の質等)と、それを生み出す諸原因(厳密には相関項)をつかむことができれば、やるべきことはわかったも同然で、それら諸原因を制御することで課題を解決できる。「患者の不満が、病院からきちんとした情報をもらっていない」という点にあるのなら、病院からきちんとした情報を出すことで患者の不満は減る。「医療サービスに時間がかかったり、細かいミスが起きたりするのは、現場での即座の対応が難しいせいで、それは現場に多くの権限が委ねられていないからだ」というのであれば、現場の権限を大きくすることで医療の質を改善できる。調査分析によって発見された「原因と結果の関係」を、「手段と目的の関係」に移し替えればよいわけだ。
ただ、こうした分析結果は適当に調査をやれば出てくるというわけではないので、調査分析をやる前にそれなりの仮説を立てておく必要がある。つまり全体プロセスは、仮説/調査・分析/計画/制度・組織/実行/評価になる。病院の例でいうと、調査以降では、顧客満足/医療の質/経営合理化のための各種委員会がつくられ、そこで具体的な指針が練られ毎日のオペレーションに落とされることになる。この計画制御のサイクルを担うのは、病院の経営企画スタッフやコンサルタントだろう。誰もがその完璧なロジックに幻惑されてしまう。
しかし、病院改革のために実は、もう1つ別のやり方がある。プリコラージュ(器用仕事)型と呼ばれるやり方だ。
手を打つ→それによって状況が変わる→変化した状況に合わせてまた手を打つ→それにより状況が変わる→それに合わせて手を打つ→……という試行錯誤。手元にある資源を、いわば読み替えながらやっていく。ときには、使える資源から逆にやるべきことが見えてくることもある(手段が目的をつくる)。いわば現場主導のやり方だ。オペレーションの改善に取り組んでいる病院の事例を、中京大学の坂田隆文助教授に教えてもらった。
たとえば、「点滴時に落下速度の未調整を防ぐためにどうすればよいか?」という課題が見つかる。点滴の終わる時間を調整できないと、いろいろと本来やらなくてもよい余分な作業が必要になる。その課題を解決するためのいろいろなアイデアが現場従業員から出てくる。たとえば、速度調整時の患者の体位を統一するとか、点滴スタンドの高さを統一するとか、(夜間用に)速度調整個所にライトを設置するとか、速度調整個所を固定するとかといったアイデアはその一部だ。これらのアイデアを実施に移す試みは作業工程の標準化につながり、それによって年間何十件もある点滴速度の調整ミスが激減する。そのミスがなくなることで、患者の不安が減り、医療ミスが減り、アラームが鳴って看護師や医師が呼び出されることによる諸業務の中断がなくなる。
あるいは、「胸部X線検査室に患者を連れていく際に時間がかかりすぎ、業務が中断されることが多い」という。では、どうすればよいか?
どういう不具合があるのかについて、まず現場の衆知が集められる。その検討の中から、「検査で必要となる作業のうち、移動時間までに済ませておけるものは済ませておこう」ということになり、それにはどのような作業が含まれるのかというアイデアが集められる。たとえば、X線撮影には院内服への着替えが必要だが、着替えはレントゲン室でやらずに事前にやる。つまり、彼らの用語でいうと、「外段取りを多くし、内段取りを減らす」ことになる。これにより、患者さんの待ち時間は減り、レントゲン室の稼働率は上がり、付き添いの看護師の業務の中断もなくなる。