遺された不動産について、それぞれ思うことは違う

田中一郎さんは、まさにこのパターンとなる。国に納める相続税は0円だが、相続財産である一軒家をどう分ければよいのか。実家の一軒家は分割できない上に、さまざまな思惑が交錯する。

実家を離れて久しい次男の次郎さんは、さっさと家を売って換金しようと言い出すかもしれない。

一方で、配偶者である花子さんは、夫である一郎さんとの思い出が詰まった実家をすぐには売りたくないと言い張るに違いない。

さらに、一郎さんと同居していて介護を強いられた長男の嫁である愛は、法律が改正されたみたいだから、自分もそれなりのお金をもらう権利があるはずだとひそかに思っているかもしれない。

などなど……。それぞれ思うことは違うはずだ。ゆえに、相続税が0円になったからといって安心していてはいけないということになる。では、どうすればいいのだろうか。

親が元気なうちに家族で話し合っておくことが必要といえるだろう。もし、そこで話がまとまらなくても、まずは、将来起こりうる課題について親と子どもたちが認識することが大事なのだ。そうした課題認識をしたうえで、専門家に相談してみるのもよいだろう。

そうは言っても、子どもの側から、遺産のことについて切り出すのは、なかなか難しいのではないだろうか。

「なにぃ~、お前は、そんなに私に早く死んでほしいと思っているのか!」

後期高齢になり、やや認知症気味になると、親はますます頑固になってくる。

自分の財産を把握していない人は意外と多い

筆者は昨年、地域の女性が集まる会で、「出前講座」としてお金の話をしてほしいという依頼を受け講師をした。「女性の税理士がわかりやすくお金にまつわる話をする」というリクエストだった。毎回、勉強会ではいろんな講師を呼ばれているので、係の方は、会員の方に満足してもらえるかどうか心配されていたようだ。

「孫にはお金をあげたいけど、嫁には渡したくないですよね!」

開口一番、笑いを取り、参加者のハートをつかんだ。

前半は相続の話をし、後半は自分が残りの人生をどう生き抜きたいのか自己理解が深まるワークショップを体験してもらったのだが、大好評だった。このとき、参加者のみなさんに自分の財産がいくらあるのか知っているか尋ねたが、ほとんどの人がきょとんとしていた。筆者は、参加者の方に宿題を出しておいた。

「みなさん、ご自身が今いくら財産を持っているのか調べてください」

自分の財産がいくらなのかわかったら、次に、誰に何を渡したいと思うのかをはっきりさせることだ。子どもたちが相続発生後に争いにならないように、親自らが遺言書を作成するというのもひとつの方法だろう。

これに関しては、費用がかかるかもしれないが、素人で済ませるのではなく弁護士や税理士などで、遺言書の書き方に精通している専門家に相談するのがよいと思う。

「実家は持ち家だけど、相続税がかからないから遺産相続なんて自分には関係ないよ!」

と今まで思っていたという方。ここまで読まれてどんな感想を持たれただろうか。

重ねて言うが、遺産相続トラブルは、多くが相続税0円、遺産総額5000万円以下の一般中流家庭で起こっている。そして、相続トラブルの件数は、近年増加傾向にあるのだ。兄弟の仲が良くても、それぞれの伴侶である嫁は、自分だけは損をしたくないと思っているかもしれない。