結局、糖類ゼロの試飲サンプルは100を超え、ようやく納得できる味が完成した。社内に諮ると予想外の否定的な意見も出た。糖類ゼロなのに甘すぎる、と。

だが小松には確信があった。缶コーヒーのヘビーユーザーが「程よい甘さ」を求めているのは、これまでの調査でも経験からも明らかだ。であれば、つくり手は素直にそれに従って、糖類ゼロでその味をつくればいい。おいしさを決めるのはお客様なのだから。

つくり手が作為に走り、新奇な商品をつくっても、決して成功はしない。実は小松自身、過去に苦い経験を持っていた。それは06年に小松が手がけた「ワンダ 100年ブラック」という商品だ。日本からブラジルへの移民開始100年を記念し、ブラジルの日系人がつくった豆だけを使って缶コーヒーをつくろうという企画だった。小松自らブラジルに足を運び、日系人と直に触れ合ってつくったという意味で、いままで手がけてきたどの商品よりも力を込めた新製品だった。

「缶コーヒーにある種のメッセージを込めようと思ったんです。どうも日本というのはまじめに働く人たちが報われない社会になってきている。一方でブラジルの日系移民の人たちは100年もの間、こつこつとコーヒーをつくり続けている。僕たち日本人ももう一度原点に立ち返り、そういう社会をつくってみよう、とね」

社内では「これはおもしろい!」と上々の評価。社外のクリエーター間でも「あれは誰がつくった商品だ?」と話題になった。だが、肝心のセールスは、期待を大きく下回る結果になってしまった。

「つくり手の思いばかりが先走ってもダメなんだ、ということを思い知らされました。うちの会社はアサヒビールグループで、体育会系というか前向きな姿勢をよしとする社風。みんなスーパードライのような、誰も見たことのないような画期的な商品をつくりたいとの思いが強い。もちろん、それ自体は素晴らしいのですが、僕の立場でそれをやってはダメ。もっと引いた視点、『お客様は何を求めているか』を常に考えていかないと……」

「成功の余韻に浸っている暇はない」

その反省が、今回の新製品をつくるうえで、常に頭にあった。外部のモニター調査の結果も、小松の味を支持。これならばいけると、販売が決定した。

岡田社長も完成には大満足だった。

「今年一番の自信作だな」

「はい。そこで社長、お願いがあるのですが。糖類ゼロの発売に先駆けて、微糖分野での新商品を発売したいのです」

「せっかく画期的な商品ができたんだ。これに全力投球すればいいじゃないか」

「いや社長、こちらも自信作です。微糖の分野でもぜひ勝ちを収めたいので」