「今後は、人々の無意識の行動がビッグデータによって自動的に政策になったり、社会的な改善策になったりするデジタル・デモクラシーも台頭してくるでしょう。そのようないわば『動物的な民主主義』と、投票による議会制民主主義をどのように調停させるか」

「ぼくが以前提唱した『一般意志2.0』のような仕組み(注:仏哲学者ルソーの概念「一般意志」を大胆に翻案した、大衆の「空気」を技術的に可視化し、合意形成の基礎に据える新しい民主主義)を考えていかなければいけません」

人間も社会も大きく変わらなかった

情報技術と人文知の交差点に立ち、インターネットの黎明期からそのインパクトを世に伝えてきた東は、社会のテクノロジーに対する捉え方が大きく変化していると指摘する。

「昔はデジタル・テクノロジーがもつ能力が過小評価されていたと思います。でも、それはどこかで逆転したんです。今はテクノロジーへの期待がむしろ過大すぎると思います。気の利いたアプリをひとつつくったとしても、社会は変えられないですよ。でも、そう考えている人が本当に多い」

インターネットの急速な普及や、その後のソーシャルメディアの登場によるコミュニケーションの変化は人々の生活を大きく変える――かつてはそう思われていた。たとえば、2010年代の前半は「アラブの春」や「Occupy Wall Street(ウォール街を占拠せよ)」といったソーシャルメディアを起点とした社会運動が発生したが、結果的にはどれも失敗に終わってしまった。

代わりに台頭したのがポピュリズムであり、2016年のトランプ大統領当選以降はソーシャルメディアに託された希望も潰えていった。

「10年ほど前までは、資金やイデオロギーがなくても、ソーシャルメディアで人を動員すれば、政治的な力が作れるという夢があった。でもその果てがトランプです。ソーシャルメディアによる政治の実験は終わったんだ、と認めるべきだと思います」
「これからは今まで放置していた問題に立ち戻るべきです。単に人を動員すればいいと考えるのではなく、今の時代において政治組織とはどうあるべきなのか、新しい時代のイデオロギーや社会を導く理念はどうあるべきなのか、それらの難しい問題に立ち向かうべきだと思うんです」