日本経済にとっても、こんな優秀な人材のスキルを活用できないなんて、大きな損失でしょう。年間にがんになる人の100万人のうち、3分の1は就業年齢です。勤めを辞めてしまうがん患者が毎年何万人もいるのです。日本政府は最近「外国からの高度人材の受け入れを増やす」といった話をしていますが、がんにかかったぐらいで採用市場から締め出されてしまっている、目の前の高度人材を先になんとかするべきです。

企業の採用担当者を集めてこういう話をすると、みなさん「お話はよくわかりました。会社に戻って伝えます」と言うのですが、いつまで待っても状況が変わる気配はなく、非常に歯がゆく思っています。

「定年70年時代」にはがんになる従業員が急増する

がんから回復した人の再就業は、今日本政府が進める定年延長の動きとも深く関わってくる問題です。昔50歳だった定年は今や60歳まで延び、本人が希望する場合は65歳まで雇用することが雇用主に義務づけられています。さらに、70歳まで働ける環境づくりを企業に努力目標として課す法改正が、2020年には行われる予定です。

そして、年齢が高くなればなるほど、がんになる確率は高くなります。50歳前にがんにかかる人は、患者全体の5%しかいません。ところが50歳を過ぎると、がんになる人が急激に増えていきます。

がんの原因は、人体の細胞がコピーされる際のエラーです。ただし一度のエラーでがんになることは少なく、何度かエラーが重なり、細胞の顔つきがだんだん悪くなっていった末に、がん細胞に変化するのです。年を取れば取るほど「あと違反1回で免停(がん化)」という状態の細胞が体の中で増えていくのです。

今まで、企業の正社員にはほとんどがん患者はいませんでした。たとえ60歳手前でがんになったとしても、その時点で早期退職してしまったり、闘病しているうちに定年を迎える人が多かったのです。しかし定年が70歳まで延びれば、「働く世代のがん」は急増し、全企業のどんな部署にもがんになった従業員がいる時代になるでしょう。