お骨揚げは「グリーフケア」の機能も持っている

人体解説をする目的は、いくつかありそうだ。ひとつは、二村さんが指摘するように、火葬場職員が「丁寧に拾骨している意思表示」としてである。

しかし、その説明が裏目に出る場合もある。骨がボロボロになっていれば、「骨粗鬆症ですね」とか、骨に色が付いていれば「治療薬のせいかもしれませんね(因果関係は不明)」など、プライバシーに立ち入った説明をされた場合、遺族の中には「聞きたくない」という感情が湧くこともあるだろう。拾骨の立ち会いに慣れ過ぎた職員がついつい、部位の説明に饒舌じょうぜつになってしまうケースもあり、そこに違和感を抱く人もいるかもしれない。

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骨揚げは「グリーフケア」としての場でもある。遺族は、肉体が消滅し、変わり果てた遺骨を目の当たりにする。「もはや、生き返ることは完全になくなった」。死を現実のものとして、直視せざるを得なくなる。職員による人体解説は、死者と生者との間の緩衝材にもなってくれているように、私は思う。だからこそグリーフケア機能を持つ骨揚げにおいて、逆効果になることは避けたい。

人体説明拒絶派に知ってほしいこと

そこで、人体説明拒絶派の方々に、少し知っておいていただきたいことがある。

確かに、死後、自分の骨を第三者にジロジロみられて解説されるのはたまったもんじゃない、と考える人がいるのは、投書にある通りだ。しかし、火葬場職員のプロ意識にも、思いを巡らせてもらいたいとも思う。

私は、過去に何度か、火葬場の取材をした。その光景は今でも忘れられない。およそ800度の温度で焼かれる炉の前での作業は、苛烈を極めていた。遺体は太った人もいれば、痩せている人も、なかには夭折ようせつした子供もいる。職員は真っ赤に燃える炉の中を観察しながら、焼き過ぎて骨がボロボロにならないように、丁寧に焼いてくれているのだ。

例えば、体調を崩した時、医師の前で服を脱いで聴診器を当てられることに腹をたてる人はあまりいないだろう。それは、医師が病を治してくれるプロであり、患者は医師を信頼して体を委ねているからだ。そういう意味では、火葬場職員は遺体を焼くプロであり、火葬場の空間においては職員に身を委ねるのが「死後のマナー」かもしれない。