そもそも今回の貿易協定はアメリカがTPPに加盟していれば必要なかった。トランプ大統領が就任直後にTPPから離脱して多国間の貿易協定から二国間協定に舵を切ったために、日米間でも貿易交渉の必要が生じたわけだ。

アメリカの農家にとって偉大な勝利

トランプ大統領は日本向けの農産品の関税をTPP加盟国並みに引き下げられたことで、「(協定は)アメリカの農家にとって偉大な勝利」といつものように自画自賛している。勝手にTPPを抜けておきながら、日米貿易協定を自分の功績としてアピールする図々しさはさすが。この枠組みの外側で米中貿易戦争により中国に売り損ねた(数百億円といわれる)大量の余剰トウモロコシまで安倍首相に押しつけようとする始末。「再選」に向けた選挙対策のディールとしては間違いなく「大勝利」である。

トランプ大統領に引っ掻き回されたうえに苦労して合意にこぎ着けたTPP加盟各国の目に、この二国間協定はどう映るのだろうか。アメリカがTPPに踏み止まっていた段階では、自動車にかける関税(2.5%)を25年目に撤廃することで合意していた。しかし、今回の協定では日本の対米輸出の要、約35%を占める自動車や自動車部品の関税撤廃は見送られて継続協議になった。つまり、日本だけが一方的にTPP並みの市場開放をする形になったのだ。

「妥協するとしても上限はTPPの水準まで」と交渉の頭から財布の底を見せてしまったのもまずかった。「TPP並みの市場開放を求めるなら、TPPに入り直せ」と言うべきだったと思うが、トランプ大統領が突然ぶち上げた「輸入車に対する最大25%の追加関税」にビクついた日本にそんな度胸はなかったのだろう。

おかげでというべきか、自動車の追加関税については当面回避された。19年9月に署名した日米共同声明には「協定が誠実に履行されている間、協定及び共同声明の精神に反する行動は取らない」と明記されているし、追加関税をかけないことを安倍首相は直接トランプ大統領に「明確に確認した」という。

無論、記憶力が乏しいトランプ大統領の確約など、まともに信じていたらバカを見るだけである。今回の日米貿易協定にしても、日米間の自由貿易という観点で言えば、何も決着していないに等しい。協定に記したトランプ大統領のサインなど、「これから中国との貿易戦争、貿易交渉に集中しなければならないから日本の優先順位は落として、とりあえず休戦協定にしておこう」程度の意味合いしかない。

先が見えない中国との貿易交渉の前に対日交渉でポイントを稼いで、重要な支持基盤の1つである農家に「成果」をアピールできればよかったのだ。