弁護士「被告人の運命はみなさんの掌の中にあります」
裁判員の先入観(捕まったのだから有罪だろう)を取り除き、暴力がやむにやまれぬものであり、酔っ払いの被害者の行動には疑問符が付くという事件全体のストーリーに共感してもらうしかない。
放ったパンチ1発が致命傷となったのは、被害者は飲むべきではない酒をたくさん摂取していたからであり、医者から酒をやめるよう注意されていたこと、酒が原因で妻と離婚したことなどが背景にあるのだと被告人は主張した。
弁護人は本来、原告側に圧倒的有利に働くはずの目撃者証言にも鋭く切り込んだ。みずから現場検証をして、目撃したとされる位置からは、もみ合った場所が見えないことを証明したのだ。
苦しくなった検察が、被告人の過去(暴走族だった)をネチネチほじくり返すと、弁護人は「異議あり」と激怒し、今回の事件と何の関係もないことを裁判員に印象付けた。
そして検察の求刑5年を受けての最終弁論で、弁護人は驚異のパフォーマンスを披露する。
メモさえ持たず、80分もかけて、被告人に対する疑惑の糸を解きほぐすように検察の証拠をことごとく粉砕していったのだ。話術の巧みさ、抜群の記憶力、論の立て方と筋道の通った説明は説得力にあふれ、裁判員たちをくぎ付けにしていた。
最後に弁護人は言った。
「もしこれが正当防衛でないなら、この国はもう、どんな暴力を受けても反撃してはいけないのと同じことになってしまう(中略)被告人の運命はみなさんの掌の中にあります。その掌を握りつぶすことだけはしないでください」
判決は無罪。絶対に冤罪にはさせないと心に決めた弁護人が、持てる能力をフル稼働させた秀逸な弁論だった。