教科力よりも「導く力」が必要

固定化した経験は時にマイナスになります。常に変化を恐れない、むしろ変わっていきたいと思える人材にN高に参画してもらいたい。N高は、技術の進化によって、質の高い授業を映像配信して知識の伝授をしています。さらに、通学コースでは「アクティブラーニング」を行っています。情報を解釈し、自分の課題に応用できる思考とスキル、そして自分の考えをより効果的に人に伝え、結果を出せるコミュニケーションスキルを身につけさせることが、教師の役割なのです。

われわれの必要とする教師は、前に立って知識を伝授する人ではなく、コーディネーターであり、コンサルであり、サポーターとなる人物です。これからの教師には、教科力よりもこれらの導く力が求められると考えます。

「学校に通う」ことだけが学びではない

学校という建物は必要か。もちろん生徒の安全管理面からは、必要であることは異論の余地がありません。しかし、現代の学びが学校という建物の中で完結させられるとは思えません。

インターネットが普及していない時代、学校は、時代の先端の情報基地でした。学校に行くと一般家庭にはないハードがそろい、数少ない高等教育を受けた、豊富な知識を持った教師がいました。

しかし、高等教育機関への進学率の上昇とインターネットの普及が進むにつれて、学校が持つ先端性は失われたのです。学校でしか学べなかった知識は、今や誰でも、どこでも、いつでも学べるのです。オンラインで学べるN高の可能性は、このことからも見いだせると思います。

ネット遠足
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学校行事の一つである「ネット遠足」。「ドラゴンクエストX」の世界で集合し、旅に出る。

学校を休むことは、罪悪感が生まれる行動です。一部の私学進学者を除いて、誰もが、地区の小学校・中学校に、毎日朝から通うという行為は当然のものでした。通うことこそが学びの保証であるというのは、テクノロジーが進化した現代でも、本当にそうなのでしょうか。

このことを一番理解しているのは、子どもたちです。「学校に行かなくても学びや情報を得ることができる」「自分のやってみたいことがある」「友達は、学校以外にもいる」そんな子どもたちの選択としてN高があるのです。