心の病でなくても、教え子に抱き着いてしまうことがある
冒頭で触れた2人の場合、本人も家族も再犯のリスクがあるのなら、それをカウンセリングなどの治療でなんとか回避しようと考えたのだろう。賢明な判断だ。
2人を診察した私は、彼らの発言などから見て、依存症や強迫神経症のレベルではないと判断した。依存症・強迫行為というには、過去のトラブルの頻度が少なすぎるからだ。
それにしても、なぜこの2人は女の子に抱きついたり、痴漢したりしたのか。
人間はみな欲望を抱く。だが、その中には、法律的にも一般常識的にも容認されないものがある。たとえば、男性なら温泉で女湯を覗いてみたいという願望や、豊かなバストの女性が目の前に現れた時につい触りたくなるといった衝動だ。そういう不埒なことを考えたとしても病気ではないが、実際にそれを実行すれば当然、犯罪の扱いを受け、断罪される。
通常、この手の欲望を実際の行動に移さないような機能が人間の脳には備わっている。それが理性であり、脳科学者たちはそれが大脳皮質、とくに前頭葉の働きだとしている。
年齢を重ね、高齢者になると次第に前頭葉が委縮し、その機能低下が起こる。そのため腹が立った時に衝動が抑えられずに暴言を吐いたり、暴力を振ったりする人が増える。これが暴走老人のメカニズムと考えられている。
この極端な事例が、前頭側頭認知症と呼ばれるものだ。万引きや痴漢行為をした人を画像検査で調べてみると前頭葉が激しく萎縮していることがある。私が監督を務めた2作目の映画『「わたし」の人生 わが命のタンゴ』(2012年公開)はこのタイプの認知症の親をもった子供の苦悩を描いたものだ。
原因となるのは、寝不足や薬、アルコール、ストレス
先の2人は年齢的にみても、こうした脳の劣化が行動の原因ではないだろう。だが、脳委縮がなくても、一時的に脳機能の低下を引き起こすことがある。原因となるのは、寝不足や薬やアルコールの影響、ストレスなどだ。そうした状況で人は普段は抑えている欲望が抑えきれなくなって、行動に移してしまう。
2人のうち、教育産業のオーナーは、部下のスタッフの配置転換に伴う過労が原因と考えられた。もうひとりの医師は、院内で人間関係のストレスを抱えていたところにアルコールが入っていた。