「来年同じ番組をやれるなら、次はもっと頑張ります」

帰りの電車内で、アナウンサーの先輩からメールが来ているのに気がつきました。

この年の正月、私は念願だった歌舞伎の初芝居の舞台中継を担当したのですが、私の役目は、渋谷のスタジオ内パートで、解説者の方に演目についてお話を伺うことでした。

実は歌舞伎の舞台中継というのは、学生時代から古典芸能を学んでいた私にとってNHKのアナウンサーを志したきっかけの番組です。足掛け13年でようやく掴んだ夢の番組でもありました。

その番組を見た先輩が、感想やアドバイスをメールで送ってくれたのです。番組の中で残り時間に焦るあまり、解説者の会話を下手にまとめようとした自分の反省や、今後の課題などを書いたあと「来年同じ番組をやれるとしたら、次はもっと上手にやれるよう頑張ります」と書いて、中央線の車内から返信しました。

家に帰る頃には、すっかり日が暮れています。翌日以降も休みだったので、豚汁でも作って休みの間じゅう食べようと、食材を買って部屋に戻りました。鍋いっぱいの豚汁を作り、夜は大阪に住む知り合いと電話で長話をして、日付がかわる頃に眠りにつきます。

平凡な休日から一変、突然の逮捕

あるスポーツ新聞によると、この日の夜の私は、新宿2丁目で謎の大暴れをしていたそうです。それを偶然目にした、麻薬取締官が薬物使用を疑って尾行し、翌朝私の自宅に踏み込んで逮捕する。本当のところは、ただの独身サラリーマンのほのぼの休日でした。

とはいえ、翌朝に麻薬取締官が家宅捜索にやってきて、逮捕されたことは正確です。ほのぼの休日と全く関連がないように思える「麻薬取締官」や「逮捕」というワードが、この翌日から人ごとではなくなりました。

私は、指定薬物である亜硝酸イソブチルが含まれた液体を持っていた罪で逮捕されました。

亜硝酸イソブチルは、「ラッシュ」と呼ばれる危険ドラッグに含まれているものです。1990年代からアダルトショップなどで、セックスドラッグとして販売されていました。

アロマオイルと同じような大きさの小瓶に入った液体で、マジックインキのような揮発性の匂いがします。その匂いを嗅いでしばらくすると、心臓がバクバクし始め、強いアルコールを飲んだ時のようにトロンとした軽い酩酊状態になる。持続時間は短くほんの数分です。効果がなくなった時点で再び嗅ぐ。セックスドラッグなので、果てれば終わります。俗に言う賢者タイムの間に、効き目はなくなるものでした。