子供の性別や病気を知るために、受精卵の段階で検査を受けたいという親たちがいる。こうした「命の選別」は許されるのだろうか。世田谷区に勤める産科医師の前田裕斗氏は「規制を求める声もあるが、国や学会による規制はしないほうがいい」という。なぜなのか――。
「どちらの受精卵を子宮に戻しますか?」
「今回の体外受精では2つの受精卵が胚盤胞まで育ちました。男の子、女の子1つずつです。女の子は着床前診断で染色体に全く異常を認めませんでした。男の子はもしかすると一部の染色体に異常があるかもしれません。どちらの受精卵を子宮に戻しますか?」
上の一節をSF映画か何かからの引用と思われたかもしれない。しかし、これは今日本で現実に行われている可能性のある話なのだ。
2019年8月31日、日本産科婦人科学会(日産婦)が着床前診断の適用拡大を検討する声明を出した。着床前診断とは、受精卵の段階で子供の病気や性別などを診断できる技術だ。受精卵が成長してできる胚の細胞を一部採取し、遺伝子の内容を調べ、健康な胚を子宮へ戻す。胚の一部をとることから、必然的に体外受精・胚移植とセットで行われる。
具体的な手法については割愛するが、簡単に述べると胚のうち将来胎盤になる予定の細胞を数個非常に細いピペットで採取し、遺伝子を増幅して遺伝子や染色体に異常がないかを確かめる。これまで対象となっていたのは、生命に関わるような遺伝病に加え、流産を繰り返す原因となる染色体異常(均衡型転座)を両親のどちらかまたは両者がもつ場合のみであった。
今回の声明では、これまでの疾患に加え「日常生活に重大な影響を与えるものの生死に関わることは稀な疾患」についても適用に含めるとされた。具体的にどの疾患が含まれるかについても、日産婦だけでなく関係学会や倫理・法律の専門家、患者や一般の人も交え話し合って決めていくことが検討されている。