子供が「がん」になる確率を知れるとしたら……

読者の中には「なーんだ、結局重大な病気か、男女産み分けたい人の話でしょ、自分は関係ない」と思った方も多いだろう。しかし、遺伝病ではなく、がんや心筋梗塞になる確率、さらには、肥満や身長、知能まで予測できるとしたら、どうだろうか。

例えばBRCAという、遺伝性乳がんや卵巣がんの原因となる遺伝子がある。この遺伝子は、人種にもよるが2~5%の人に変異があり、変異を持つ人が乳がんを起こすリスクは70歳までで約45~70%と言われている。2013年、女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが乳がん予防のために乳房切除を受けたことは記憶に新しいが、それもこの遺伝子(BRCA)に変異が見つかったためだ。

読者の中にも、親族や自分が乳がんや卵巣がんにかかっていた人はいるだろう。自分の子供が乳がん・卵巣がんになりやすい遺伝子を持っていないか調べてみたくはないだろうか。また、肥満や身長、知能などの形質についても現在は予測が難しいが、データが蓄積されればAIによる解析から予測することも可能となるかもしれない。

費用の面からも着床前診断のハードルは下がりつつある。遺伝子データの医学的意味づけを手がける、千葉大学発のベンチャー「ゲノムクリニック」の曽根原弘樹代表によれば、現在、着床前診断で遺伝子全体を解析するには「最安値で9万円程度」というが、ここ10年以内には「1回1万円程度になる可能性が高い」という。体外受精・胚移植が必須のため、着床前診断を利用する場合の総額は70~100万程度となるが、こちらも技術の進歩から価格が下がる可能性は高い。50万程度であれば、出産祝い代わりに出生前診断を、などと親族が考える時代が来るかもしれない。

技術が使える時にやっと「自分ごと」になる

さぁ、最後に勇気を持ってあえて最大のタブーにメスを入れていこう。

そもそも着床前診断は生命の選別に当たるのか、そして全くの禁忌とすべきなのだろうか。「自分は乳がん家系だから、子供も乳がんになりやすいかどうか調べてほしい」「太っていて小さい頃からずっとデブと言われ続けてきたから、自分の子供にはそうした体験をしてもらいたくない」……そういった、自らの子供には健康面でできるだけ苦労をしてほしくないから着床前診断を受けたいという想いは全て、ただ生命の選別を正当化する親の身勝手だろうか。それとも、子供を思う必死な親心なのだろうか。

この問題には明確な答えは存在せず、個々人が着床前診断を受けるかどうかを自らの問題として捉え、オープンに議論する必要がある。その点で、学会による規制は不要だ。

人は自身が技術を利用する段になり初めて自分のこととして捉えるようになる。実感を伴わない人々がいくら議論を進めても空虚なだけだ。着床前診断の技術に規制を設けないことで「技術の濫用が起こる」「生命の選別を促進する」という批判もあるだろう。しかし、人間は考えなしにあるものを使う単純な動物ではない。