これをやっちゃダメ、あれをやってはいけないという厳しい規定が定められ、いちいち外部の会計士や弁護士のお墨付きを得なければならない。要するに規制がキツくなり、会社経営が楽しくなくなったのだ。起業してもIPOまで持っていくのは、非常に手間隙かかるし、面倒が多すぎる。だから有望な会社でも、最近はIPOを目指さず大企業に売却する道を選ぶ。
市場関係者全員が大きな期待を寄せていた動画コンテンツ共有サイトのユーチューブは06年10月、上場しないでグーグルに身売りしてしまった。これまた人気赤丸上昇中だったネット決済サービスのペイパル(PayPal)も02年、ネット通販・オークション大手のイーベイ(eBay)に身売りした。
買う側の企業とすれば、有望なビジネスモデルが丸ごとセットで手に入るし、SOX法などに対応するシステムも部隊もすでに整っている。売る側も、面倒な手順を踏んで上場したところで下手すればお縄頂戴になるくらいなら、経営に手馴れた大企業に売り払ったほうが手っ取り早く大金が転がり込んでくる。後は悠々自適でリタイアするもよし、次なる事業に取り組むもよし。溜息が出るのは今時の注目企業の株を買うチャンスを失った投資家だけだ。
こうした理由でアメリカの上場件数も激減したのだが、起業熱そのものが冷めたわけではない。IPOから身売りにゴールが変わっただけで、起業自体は増えている。
一方、エンロンやワールドコムほどの会計不祥事があったわけではないのに、日本はアメリカに追随してSOX法を猿真似した金融商品取引法(日本版SOX法)を取り入れた。アメリカ同様、これがIPO離れの大きな要因になっているのだ。
新しい法制度を導入する際、役人は後々の批判を避けるため、審議会などで外部の有識者に提言を書かせるのが通例。日本版SOX法の原案を作成した有識者はほとんどが経営の現実を何も知らない学者連中だ。彼らがアメリカのSOX法を翻訳し、現地を見学して、自分たちが理解した範囲で法律の骨子になるものをつくる。そこに日本の実情になじむように役人の脚色が加わって日本版SOX法は出来上がった。
施行スケジュールでは、09年3月期決算から有価証券報告書に併せて内部統制の整備状況を示す内部統制報告書の提出・監査が適用されることになっている。が、日本版SOX法の最大の問題点は、会社経営の現実とかけ離れた、行きすぎた“形式化”にある。財務や業務プロセスを透明化するために、すべてをドキュメント化(文書化)して形式を整える必要があるのだ。
そのためには、たとえば従来の経理担当とは別にSOX法担当のスタッフを置かなければならないし、内部統制報告書は公認会計士か監査法人の監査証明を受けなければならない。ヘラクレスやマザーズあたりへの上場を目指す小さな会社でそんなことを言われたら、監査事務所を喜ばすだけでコストばかり膨らんでしまう。
それだけでない。日本版SOX法という縛りができて、上場審査が信じられないくらい厳しくなった。売り上げが2億や3億円、下手すれば赤字でも上場できるのが新興市場の手軽さだったが、今はまったくダメ。
そもそも上場準備の段階で、上場後のトラブル発覚を恐れる幹事会社の証券会社から細かなチェックが入ってくる。私が株式会社ビジネス・ブレークスルー(BBT)を上場したときも、随分不愉快な思いをさせられた。