手術をしないで臓器を残せる

放射線治療医の特徴の一つは、他の専門医と連携をとって治療を進めることだ。

「私たちは頭の先から足の先までという言葉をよく使います。つまり、脳腫瘍から肺がん、前立腺がん、乳がん、子宮のがんなど、多くの種類のがんを治療します。それぞれの患者さんには主治医がいます。私たちからすれば放射線治療をした方がいいと思っても、主治医がそう考えなければ私たちのところには紹介されない。手術、投薬だけじゃなく、放射線治療もいいですよと言える関係を作ることが大切」

主治医との良好な関係を構築するには専門知識が必要となる。

「主治医が専門とするがんについて、しっかりと議論ができなければ信用してもらえない。だから、放射線治療の臨床や技術・装置に関することだけでなく、多くの種類のがんの標準治療や最新治療について、常に勉強することが必要です」

かつて放射線治療は、手術や抗がん剤などあらゆる手を尽した後の最終手段とされていた。しかし、それも大きく変わった。音楽家の坂本龍一が中咽頭がんを放射線治療で完治させたことは記憶に新しい。「いくつもの種類のがんで、放射線治療は手術と肩を並べる治療成績が示せるようになりました。喉頭がんや咽頭がんなど『のど』のがんは放射線が効きやすいです。また、手術をしないで臓器を残すという放射線治療の特性を発揮できる。すなわち声を失わなくて済むのです」。

「止めよう」と踏みとどまる勇気を持てるか

放射線治療の難しさは、治療終了から2カ月程の間にゆっくりと病巣が小さくなっていくことだ。つまり、放射線治療終了の時点では、病巣は縮小に向かっているが、消滅していない。

「医師の本能としてなんとかして患者さんを治してあげたいので、もう少し放射線の量を追加したいという気持ちが出てくる」

患者からも、もう少し放射線治療をして欲しいと要望が出る場合もある。それに対して「今後もがんは小さくなっていくから、ここで止めておきましょう」と踏みとどまるには知識、経験、信念、そして勇気がいると内田は言う。

内田が特に辛い気持ちになるのは、まだあどけない小児を治療するときだ。なんとか治してあげたいという両親の必死な顔を見ると、胸が張り裂けそうになる。その中の一人に3歳の小児がん患者がいた。幸い脳腫瘍は放射線治療により完治した。

それから十数年経った後のことだった。がんに罹患したその子の母親が、放射線治療を受けるために内田の元にやってきたのだ。内田の顔を見ると母親は「あのとき、先生にはお世話になりました」と丁寧に頭を下げた。引っかかったのは、その後の一言だった。

「うちの子はずっと小児科に入院しているんです」