出雲という地名への憧れ

内田伸恵(うちだ・のぶえ)/1984年島根医科大学卒業後、同放射線医学講座に入局。1995年同大学院医学研究科形態系専攻博士課程修了。島根大学医学部、鳥取県立中央病院などを経て2015年3月より放射線治療科長を務める。専門は放射線腫瘍学、がんの集学的治療。

高校は静岡市の県立高校に入学、途中で転校試験を受けて岡山市に移った。そして受験の時期になり、医学部への進学を検討するようになった。

「小学生の頃、野口英世の伝記を読んだりしていて、漠然と人の役に立てる仕事に就きたいという思いがありました。そしてもう一つ。私の母は専業主婦だったんですが、あるとき『これからの女の子は手に職を持って働いて欲しい』ということを言ったことがあったんです。病気の人を直接助けることができること、そして女性でも資格を持って一生仕事ができること、その二つが大きな理由ですね」

島根県出雲市にある島根医科大学医学部を選んだのは深い意味はない。それまで山陰には住んだことはなかった。彼女によると「出雲という地名への憧れと、自分の偏差値が十分合格ライン内にあった」からだという。

内田は島根医科大学医学部3期生に当たる。一学年100人のうち女子は13人のみ。当時、女子医学生は珍しい存在だった。自分の意思とは関係なく街の中で目立ってしまうことに戸惑ったという。また、冬の寒々とした鉛色の空と低く垂れ込める雲、寒さが身に沁みた。

放射線のビームは痛くも熱くもない

国家試験合格後、内田は母校の放射線科に入局している。

「放射線科の教授だった石田哲哉先生の指導を受けたいと思いました。石田教授が放射線治療を専門としていたので、私もその方向に進んだということですね」

放射線科はその専門性で「放射線診断医」と「放射線治療医」の二つに分けられる。内田は後者である。

放射線治療を内田はこう説明する。

「放射線治療というと放射線でがん細胞を焼き殺すという印象を持っている方が多いのですが、そうではありません。がん細胞はどんどん分裂して無制限に増えていきます。その分裂を止めて、がん病巣をゆっくり小さくしていくのが放射線治療の原理です。6~7週間かけてがん病巣に少しずつ放射線を照射していく。放射線のビームは痛くも熱くもない。そして切除しないので、臓器の機能や形を温存しながらがん治療できるのが利点です」