結局わかったことといえば、

【4人連続で“ウツ”状態になり退去した】
【ひと月前までは入居者がいた】
【ポストが壊れたのはその人の退去の後】

ぐらいか。もう少し具体的に知りたいところだが。

入居して1週間、今度はすりこぎの音が……

入居7日目、仕事から帰ったオレは、近くで買った弁当を手に、部屋の鍵を開けた。もう新居にもだいぶん慣れてきた。仕事が忙しいせいかグッタリ疲れ、寝つきもいい。拍子木は聞こえないし、うなされることもない。フツーの快適一人暮らしだ。

弁当を食べた後、風呂に入りパソコンの電源を立ち上げる。仕事の資料を作るためだ。
机の上の時計がカチカチと無機質に時を刻んでいる。深夜1時。ああ、眠い。これはダメだ。頭が回らない。タバコでも買いにいくか。

外は静まりかえっていた。近辺は住宅街で、夜中になるとほとんど音がしないのだ。やっぱ拍子木の音なんてありえないのかなぁ。

なんてことを考えながら部屋に帰ると、すぐに異変に気づいた。ゴーゴーという音が響いているのだ。パソコンのファン? ぜんぜん違う。電源を切っても音は止まない。どこで鳴ってるんだ?

部屋の電気を消し、よく耳を澄まして聞いてみる。ギーコギーコギーコ……

なにかをすりこぎですりおろしているような鈍い音だ。なんだよコレ。音の出所はどこだ。ん? 天井? まさか、上の部屋に住むキャバ嬢風の女か。音はとめどなく、ゆっくりと続く。なにか大きく、固い物体を長時間かけてすりおろしているかのような音が。

「私は今朝帰ってきましたけど」

どうしよう。オレはちょっとビビった。上の女は水商売だか何かで、この時間はいつも不在のはずなのだ。でも明らかに音は上から聞こえてくるし。意を決したオレは、部屋を出て、足音をたてないように階段をのぼり、夜中の冷たい空気が張りつめる305号室の前に立った。

建部博『一家心中があった春日部の4DKに家族全員で暮らす』(鉄人社)

ゆっくりとドアに耳をつけ、聞き耳をたてる。何も鳴っていない。ならば裏にまわって窓を確認しよう。せめて電気がついていれば安心だし。

…………真っ暗だ。305号室の灯りは消えている。彼女はいるのかいないのか。でもさすがにこの時間に訪ねるのは非常識だろう。

自室に戻ると、すりこぎ音は止んでいた。まただ。正体を探ろうとすると、いつも音は消えてしまう。

翌日の昼間、305号室を訪ねた。

「こんにちは、どうしたんですか」「いや、あの、昨晩って部屋にいらっしゃいました?」いたならば、あれは電マオナニーの音だと結論づけ、ひっそり興奮してやろうと思っていた。

「いえ、今朝帰ってきましたけど。どうかしました?」
「いえ、別に何もないです。すみません」

背筋が震えた。そして同時にオレは、ウツ病になった4人のことを想像した。彼らも同じように深夜に不思議な音を次々と耳にし、その正体がわからないがためにノイローゼになったのではないか。(続く)

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