アイドルの非常識を常識化した男

今でこそ、嵐の櫻井翔や、V6の井ノ原快彦、TOKIOの国分太一……と、司会のできるジャニーズ、バラエティに出演するジャニーズというのは珍しくありませんが、その先駆者となったのが、SMAPの中居正広です。

自分でも「アイドルがバラエティに出るという『非常識』を常識化できた(※6)」と自負するほどで、これは、SMAPより前のアイドルの主戦場が歌番組だったことを考えると、決して誇張表現ではありません。

その一方で、日本のシングルCD歴代売上げランキングトップ10という記録を持ちながら、こんなにも“音痴”であることが広く認知されているアイドルも他にはいません。もちろん、知られているのは、隠していないから。自分からネタにしているからです。

中居は、インタビューでも「SMAPになってから、『あっ、俺って歌っちゃいけないんだな』って思った(※7)」などと、自虐的に語っています。といっても、この“できないこと”に対する悲愴感はありません。

例えば、歌番組などでは自ら「マイクのスイッチ入ってないよー!」と笑いにしていたこともありますし、コンサートでは「中居のソロ曲の時間をトイレタイムにしている観客が多い」ことをネタにした『トイレットペッパーマン』という曲を自ら作詞して歌っていました。

あえて、歌を“できないこと”のままにしておく

「歌って踊るのがアイドル」というイメージがまだ根強くある中で、ここまで歌が“できない”ことを明らかにする人はなかなかいません。

この自虐は単なる逃げではありません。むしろ、歌を“できないこと”のままにしておくというのは、中居の人生においては、かなり意図的な攻めの姿勢であり、考え抜かれた戦略なのです。

「10代の頃から将来はバラエティでMCをやれるようになりたいと考えていたし、これがいつか新しいアイドルのひとつの形になるのではという予感があった(※6)」と、社会の変化も予測した上で、早い時期から自分の立ち位置を想像していました。

さらに、MCもできるアイドルになりたい、というのは単なる個人としての欲望ではありません。

「10代の頃から『本当におしゃべりができるようになりたい』とは思っていました。『一体自分の個性って何だろう?』というときに、自分がしっかりしゃべれるようになったら、それはSMAPにとっても大きな武器になるなと(※8)」と語るように、まずは他のメンバーが“できないこと”を、自分の長所として伸ばすことが、チームのためになることを意識しての決断だったのです。

代わりに自分の“できないこと”は、チームの他のメンバーに任せることを意識します。

「歌は他のメンバーに任せたほうがチームとして戦うにはいい。代わりにダンスは得意だから踊りで頑張るし、MCに適任がいないんだったら司会をやろう(※7)」とSMAPになってから思ったのだといいます。

結果、中居が音痴であることを責めたり、歌に対して過度に責任を負わせる雰囲気はなく、むしろファンの中には、それを味として楽しんできた人も多いことでしょう。

中居は、何かを「できない」と明言することで、自らが他に注力することを認めてもらうための土壌を作ったのです。