自伝的記憶は、たしかに自分の生い立ちを軸にして、自分の成り立ちを説明する記憶であり、自分らしさをあらわすものである。ただし、それはそれぞれの出来事が起こった過去のさまざまな時点の自分のものなのではなく、振り返っている今の自分のものである。たとえば、現在適応している人が不適応な人よりも自分の過去に対してポジティブな記憶を抱えているのも、記憶が現在を映し出すからである。

なかったことにできなくても、視点は変えられる

榎本博明『なぜイヤな記憶は消えないのか』(KADOKAWA)

そこでわかるのは、今あなたが抱えている自分の過去についての記憶は、あり得るさまざまなバージョンの中のひとつに過ぎないということである。振り返り方によって、同じあなたの過去の事実群をもとに、何通りもの自伝的記憶を紡ぎ出すことができる。振り返り方を変えれば、今とはまったく趣の異なる自伝的記憶をもつことができるのだ。

カウンセリングで自己観が変わって生まれ変わるときも、何らかの衝撃的体験や運命的な出会いによって新たな気づきを得て人生観が変わるときも、新たな視点による自伝的記憶の書き換えが行われるのである。

カウンセリングを受けたからといって、これまでに経験した出来事を経験しなかったことにできるわけではない。経験しなかった出来事を経験したことにすることもできない。それでもカウンセリングで人は立ち直ることができる。生まれ変わることができる。それは、これまでの人生を振り返り、意味づける視点が変わるからである。

榎本 博明(えのもと・ひろあき)
MP人間科学研究所代表
心理学博士。東京大学教育心理学科卒業。東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授などを経て現職。『なぜ、その「謙虚さ」は上司に通じないのか?』、『「忖度」の構造』ほか著書多数。
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(写真=iStock.com)