膠着状態の中、マスコミを呼び出す
07年1月、ネットフリックスが待望の新ストリーミングサービスのデモを行なうというので、私は半信半疑でロスガトス市にある新本社を訪問した。他社の経済記者とハッキング・ネットフリックスのマイク・カルトシュネーも一緒だった。ヘイスティングスが投資家に警告していたように、広報担当のスティーブ・スウェイジーは私を含めたマスコミ関係者に対して「品揃えはまだまだだから、あまり期待しないように」とクギを刺していた。
それを聞いて私は過去3年間に登場した無数のダウンロードサービスを思い浮かべた。誰もが見たいと思うようなタイトルが皆無だったことが原因で、ほとんどが消え去っていた。ペイパービューをただ使いにくくしたような代物だったといえる。
新本社ではデモの前に、ヘイスティングスとスウェイジーによる簡単な見学ツアーがあった。新本社が入居しているビルは広々としていて風通しが良く、真新しい地中海スタイル建築だった。われわれは1階のキッチン兼食堂エリア内に入ると、最新式エスプレッソバーの前で立ち止まった。そこでヘイスティングスは私にエスプレッソを一杯入れてくれた。後になって知ったのだが、彼は記者と個別に会うときにはいつもこうしているとのことだった。
ストリーミングのデモは大会議室で行なわれた。大会議室は洞窟のような造りで独特の雰囲気を醸し出しており、天窓からは冬の太陽光がさんさんと降り注いでいた。私がヘイスティングスに最初に会ったのは何年も前のことで、当時ネットフリックスはユニバーシティ大通りのみすぼらしいビルに入居していた。
「当時と比べて様変わりしましたね」と私が言うと、ヘイスティングスは自慢げに周りを見回して笑い、「私自身も信じられないよ」と言った。
長い映画を見るならPCではなくテレビでは?
ノートパソコンを取り出してデモの準備に取り掛かるヘイスティングスは、まるで新しいおもちゃを与えられた子どものようだった。目玉となるストリーミングサービス「インスタントビューイング(即席映画鑑賞)」はいつものネットフリックスクオリティーだった。完成度が高く、ウェブサイト上のさまざまな機能とシームレスに融合していた。
彼がマウスをクリックすると、20秒ほどで映画の読み込みが終わってストリーミング再生が始まった。映画の画質はDVD並み。画面上の操作もスムーズで、私は「自分のDVDプレーヤーよりもずっといい」と思った。
しかし、ヘイスティングスがなぜこんなに少ない品揃え(たったの1000タイトル)でローンチするのか、不可解だった。以前に彼がダウンロードサービスを断念した理由はまさに品揃えの少なさだったのだ。トータルアクセスはネットフリックスの成長にどれほどの影響を与えているのか? トータルアクセスに顧客を奪われてネットフリックスは焦っているのではないか? いろいろと疑問が湧いてきた。