その帰路で、ロッキーは私に「あいつはcontroversial(物議を醸す)な男だ」と繰り返しました。厳しい言葉を投げつけることで交渉の場を活性化させ、そこからビリヤードの球のように意中の落としどころを狙う、というのがトランプのやり方だという意味で、これは禅問答における師匠と弟子のやり取りと非常に近い手法。トランプより9歳年上のロッキーは「あいつはその天才。とても敵わない」と落胆していましたが。

トランプのバックグラウンドについては詳しくありませんが、彼には持って生まれた“ネイティブな禅思考”があります。大統領就任後のトランプは、中国や北朝鮮との交渉でも、やはり捨て身で“物議を醸し”続けているように私には見えます。

部下に裏切られて、1億円超の詐欺に

禅と経営者といえば、稲盛和夫さんがよく知られています。以前、私は京セラや盛和塾(稲盛氏主宰の経営塾)と仕事で関わった関係で、ご本人にもお会いしたのですが、当時は「すぐに人をクビにする冷たい、厳しい人」という評判が一部でありました。たぶん、あの稲盛氏も相当頑強な「我」や「野心」をお持ちだったということなのでしょう。

京セラ会長職を辞め、草鞋・網代笠姿で托鉢を行った稲盛氏。(時事通信フォト=写真)

しかしその後、1997年に臨済宗妙心寺派の円福寺で得度されました。趙州(じょうしゅう)の無字という134個ある公案(臨済宗で師匠が弟子に与える課題)があって、私はその通過に8年かかりましたが、稲盛さんは2年。覚悟が凄い。そうやって魂を磨き上げ、丸くなられたのだと思います。

私にも老師になるという志と、起業の夢があったので、35歳で会社を立ち上げ、一方で禅の修行を続けました。ロッキーの元を離れ、日本に拠点を置いた会社は、社員も20人を超えて順調でしたが、禅のほうは卓洲の老師を目前にして難解な公案に苦渋していました。

まさにそのとき、信頼していたスタッフに裏切られたのです。専務と常務がつくった詐欺的なビジネスモデルで、公的機関から1億2000万円もの取り込み詐欺をしでかし、その返済のため会社は損失数億円、倒産の危機に……まさに青天の霹靂。「なんであんな奴らに任せてしまったんだ。なんて俺は馬鹿なんだ」……目の前が真っ暗になりました。

ほぼ一昼夜、自室で坐禅を組みました。目を閉じると、いろんな光景が脳裏に浮かびます。金と名誉が消え去る。悔しいし、腹立たしい。逃亡した奴らの胸ぐらを掴んで叩き殺してやる。でも、刑事告訴されたら不利だな……などと、妄想とそろばん勘定が頭の中を駆け巡りました。