日本の皇位継承をめぐって、「女性天皇」のあり方が議論になっています。女系の継承を認めた場合、野心家の民間人男性が「婿」として皇統を乗っ取る恐れがあります。皇室典範が定める「男系男子継承」を続ける方法はないのでしょうか。著述家の宇山卓栄氏は「側室が現実的でない今、そのヒントはヨーロッパ史にある」と指摘します――。
多くのヨーロッパの諸王国が女系継承を容認したのに対し、フランスはたびたび代をさかのぼって遠縁をたどってでも、男系継承を守り続けた――1594年2月27日のアンリ4世(図中央)の戴冠式(写真=Roger-Viollet/アフロ)

「側室」の制度がなかったヨーロッパ

新しい天皇陛下が即位され、新しい元号・令和が始まりました。皇室への国民の関心が改めて高まるとともに、皇位継承に関する報道も増え、注目が集まっています。

現在、わが国では、皇室典範の規定により、男系男子にしか皇位継承を認めていません。しかし、男系男子の皇位継承者を永続的に多数、維持することは容易ではないため、男系男子以外にも皇位継承権を認めるかどうかという議論がなされています。本稿では、そのような議論をいったん脇に置き、男系男子継承がそもそも持続可能なものなのかどうかを、多数の王室が存在したヨーロッパの歴史から考えていきたいと思います。

「男系継承者の維持が難しいのは側室が置かれなくなったからだ」とする見解があります(日本の皇室では明治天皇の時代まで側室が置かれていましたが、それ以降は置かれていません)。この見解は正しいのですが、それだけが理由で継承者維持の困難さが生じているわけではありません。というのは、側室がいなくとも、男系男子の継承が長期間続いた例があるからです。フランス王室です。

ヨーロッパの王候貴族は側室を持たず、公妾を持ちました。側室と公妾が決定的に違う点は、その子が地位や財産などの継承権を持つか持たないかです。側室の生んだ子は継承権を与えられたのに対し、ヨーロッパの公妾の生んだ子は王の正式な子として扱われず、王位継承権や財産相続権も認められません(王から爵位を授かって、一貴族となるのが通例でした)。

ちなみに、公妾は公式な地位であり、フランス王ルイ14世の公妾マントノン夫人、ルイ15世の公妾ポンパドゥール夫人に代表されるように、王のブレーンとして、外交や人事、学芸の振興などに深く関わりました。公妾は単なる王の愛人ではなく、宮廷の政治や文化を支える廷臣でした。ルイ14世の王后マリー・テレーズの亡き後、マントノン夫人は事実上の王后として振る舞いました。