経営学の眼●イノベーションには政治的プロセスも重要だ
一橋大学大学院名誉教授 野中郁次郎

インサイト、プリウスいずれの開発プロジェクトも部門間の二律背反が頻発したが、全体最適の判断により、知を創発した。その際、弁証法的に矛盾を統合した点では共通するが、方法は対照的だ。

インサイトのケース。例えば、タイヤの選定だ。コスト面からフィットと共通化する命題に対し、これを否定する高燃費仕様タイヤの採用という反対命題が提起された。「普通の車をつくる」という上位概念から高燃費タイヤ案は論理的に否定され、フィットとの共通化に帰着した。ただ、高燃費化の命題も棄却されたわけではなく、別の方法が検討された。ここで矛盾が止揚される。否定を媒介し、論理的に突き詰める西洋的なハードな弁証法だ。個の尊重が基本のホンダらしいやり方だ。

一方、プリウスのケース。「できることを聞こう」とそれぞれの命題を出させると、ジグソーパズルのように大きな関係性が見えてきて全体最適の解が表れる。「白ネコでも黒ネコでも、ネズミを捕るのがいいネコだ」といういい方があるが、どちらが正しいかではなく、事実に基づいて真理真実を求め、どちらもいいところをまとめる東洋的なソフトな弁証法だ。和の精神が生きるトヨタらしい。

ハードか、ソフトかは程度の問題で企業文化にもよる。いずれにしろ、イノベーションは二律背反の矛盾解消プロセスによりもたらされることを忘れてはならない。

イノベーションには政治的プロセスも必要だ。異論反論や超法規的処置に対して正当性を獲得するためだ。トヨタのCEは役員の力を使って演出し、役員も役回りを受容する。CEはそれだけ存在が尊重され、図面の決裁権も与えられる。人間力が問われるホンダに対し、トヨタのほうがシステマチックな度合いが高いのが特徴的だ。