鍛錬された兵士でも「誤った記憶」を作り出す

増本康平『老いと記憶 加齢で得るもの、失うもの』(中公新書)

そして、このような幼児期の記憶だけでなく、後から情報を加えることで、トラウマになるほどの出来事、たとえば、捕虜となり暴力や尋問を受けた相手の顔すらも、確信をもって誤った選択をすることが示されています。

アメリカ海軍の訓練で戦争捕虜となることを経験するものがあります。30分の間、尋問者から一人で尋問を受けるのですが、訓練の一環とはいえ、尋問者の質問に答えなかったり、要求に従っているように見えない場合は、顔面を叩かれたり、腹部にパンチを受けたり、無理な体勢を強いられたりと身体的懲罰をも伴います。

尋問の間は尋問者の目をみることが求められ、尋問される側は確実に尋問者の顔を眺めることになります。尋問が終わった後、独房に隔離され、顔写真を渡され写真を見るように指示を受けます。写真をみている間に、「尋問者があなたに食べ物を与えましたか?」など尋問に関する質問を行います。渡された写真は尋問者とは違う人物のものです。

その後、尋問者の写真を選択するよう求められると、9割の人は後でみせられた偽物の写真を選びました。偽の情報や特定の行動へと誘導するプロパガンダに対して抵抗できるよう、訓練を受けた兵士でさえも、虚偽の情報に晒されることで誤った記憶を簡単に作り出すのです。

記憶は一体何のためにあるのか

そして、この虚偽記憶は記憶力が低下していなくてもみられます。パティス博士は、1987年10月19日の出来事を尋ねられると、「月曜日で株式市場の暴落の日だった」というように、すぐに何が起こったのかを思い出せるような極端に優れた自伝的記憶の持ち主20名と、平均的な記憶力を有する38名の対照群に対して、虚偽の情報によって記憶の歪みが生じるのかを検討する実験を行いました。その結果、驚異的な記憶の持ち主でも、一般的な記憶力の持ち主である対照群と同じように誤情報によって誤った記憶を想起したのです。

記憶が経験したことを正確に記録していないという前提に立つと、記憶は一体何のためにあるのか? という疑問が生じます。私たちが一般的に考えている記録するという役割以外の機能が記憶にあるとすると、その機能はどのようなものなのでしょうか。そして、加齢とともに記憶の役割はどのように変化するのでしょうか。