「誰からどこで購入したか」については黙秘を貫く

それ以上に妄想を掻き立てられたのは、2の黙秘権の使用だった。裁判では初公判の冒頭、裁判長が必ず、黙秘する権利があることを被告人に告げる。以下のような内容だ。

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「被告人は審理の中でさまざまな質問を受けますが、質問に答えたくなければ黙っていることができます。また、答えたい質問には答え、答えたくない質問には答えないこともでき、それによって被告人に不利が生じることはありません。ただし、法廷でしゃべったことは、それが被告人にとって有利なことであれ、不利なことであれ、すべて証拠として採用されますから、その点を考慮して話してください」

この権利が小さな事件で使われることは少ない。関係者の実名を伏せる被告人をときどき見かける程度だ。しかし、この被告人は警察での取り調べ段階から一貫して、誰からどこで購入したか明かしていないのだ。公判でもその姿勢は変わらない。

「(路上では)1回に紙巻きタバコ状にして、3本くらい吸っていたのですね」
「はいそうです。昔は10グラムずつ買っていましたが、だんだん増えてしまいました」
「上野や秋葉原の路上で吸っていたと。購入もそこで?」
「それは……黙秘させていただいております」

検察の脅しにも屈しなかった被告の腹の内

表情を変えずサラッと権利を行使する被告人。今度は検察が軽い脅しをかけてきた。

「あなたが買った相手には捜査の手が及んでいない。購入先を言えず、それでいて薬物をやめますと言われて、信じてもらえると思いますか」
「私にはわかりません」

断固拒否。あぁ、これは言わないなと傍聴人にもわかる。

検察が言うように、買った相手を捕まえないと同種の事件は後を絶たない。再犯の可能性が高いとも思われる。なのに、かたくなに拒否するのはなぜだろう。

闇組織からの報復を恐れてのことなのか。イモづる式に関係者に捜査の手が伸びるのを防ぐためか。それとも、もっとヤバイ薬物を買っていたのか。実刑にはならないと計算し、シャバに出たら再び密売人と接触するのでは……。

黙秘するのは、口にすることで失うものが大きいため、と考えるのが一般的だ。傍聴人の僕でさえ、たちどころにいくつか、言いたくない理由を思い浮かべたくらいだから、警察での追及はさぞかし厳しかったに違いない。