藪の中を藪の中として書くやり方があってもいいはず

ただ、本人に語らせさえすれば闇に光が当たるというものでもない。著者曰く、「プロレスラーは嘘つき」だからだ。ビジネスでも当てはまるが、そもそも人は自分の都合のいいように記憶を変えるものだし、業界のしがらみで語れないこともある。そこで著者は本人だけでなく、大勢の関係者に取材を敢行。高校の同級生、イギリス修業時代のプロモーター、修斗の愛弟子たち……。多くの人から話を聞くことで、人間・佐山サトルを浮かび上がらせていく。

多角的な取材が功を奏した場面がある。佐山の修斗追放を決めた会議の描写だ。出席した選手一人ひとりに取材をするものの、日付や参加者、発言内容まで、証言がことごとく食い違う。著者は食い違いをそのまま読者に提供。追放劇の混乱ぶりがリアルに伝わってくる。

「自分の中で、これが正しいだろうというものはありましたよ。でも、すべてをわかったように神の視点から描くニュージャーナリズム的な手法は、透明性の高い今の時代に通用しない。ノンフィクションの手法として、藪の中を藪の中として書くやり方があってもいいはずです」

田崎健太
ノンフィクション作家
1968年京都市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。99年末に退社。著書に『ドライチ』など。
(撮影=小野田陽一)
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