なぜ弁護人は何度も拘置所に足を運び、被告人に面会したのか

親しみをもたせる狙いか、弁護人は被告人を君づけで呼びながら質問を繰り出す。実家から家出した事情をていねいに聞き出し、中学卒業後、実家の建築業を4年間手伝って、基礎的なスキルがあることを確認した。裁判長も検察も一切興味のなさそうな話だが、予定時間が1時間あるし、検察の尋問はすぐ終わるだろうから放っておく構えだ。

「無職ということですが、事件のときは建築会社の寮に住み込みで働いていたんですよね」
「そうです。親方にはけっこうかわいがってもらっていて。申し訳ない気持ちです」
「うんうん、そうだよね。万引きは、あってはならないことだからね。それで、荷物はどうしましたか」
「まだ寮にあります」

※写真はイメージです(写真=iStock.com/takasuu)

弁護人は会社の社長にも会ってきて、荷物がキープされていることを確認していた。部屋はそのままで、判決次第では、再雇用も考えているらしい。この事件は執行猶予付判決になることが濃厚だから、そうなったときの仕事のあてがあると言いたいのだ。また、高齢のおばあちゃんについて語らせたのは、情状証人がきていないことの理由付けをするためだろう。

他にもわかったことがある。この裁判のために、弁護人は何度も拘置所に足を運び、被告人との面会をしてきたというのだ。被告人の表情から、弁護人を信頼していることが見て取れた。質問と答えのテンポも息が合っている。

犯行内容が平凡で、傍聴人もあまりいない事件。弁護人がさっさと終わらせようとすれば判決まで30分もかからないだろうが、時間をギリギリまで使い、被告人の事情や反省ぶりをていねいに積み重ねていく。弁護人のテンションは高いけれど、それは自分のパフォーマンスに酔ってのことではなく、全力で仕事に取り組む姿勢から生じたものだ。その熱が、23歳の若い被告人にも伝わり、バカなことをしたという後悔と、なんとか立ち直りたいという前向きな気持ちを、うまく言葉にして引き出している。

「社会に戻ったら、二度と万引きなどしないようにしたい。家族にも会いに行き、親に謝りたい」

裁判長・検察も弁護人の“仕事”を認めた

ありふれた反省の弁が、血の通った心からの言葉に聞こえてくるのだ。なかなかやるな、この弁護人。そう思ったのは筆者だけではなかった。検察は尋問そっちのけで、諭すように語りかける。

「いいかい。人のものに手を出すってことは悪いことなの。寮に戻ったとき、頭を下げて雇ってもらう覚悟はできているの?」

裁判長もこの雰囲気に同調した。

「誰もあなたを刑務所に入れたくてここに立たせているんじゃないですよ」

そして、筆者がそれまで聞いたことのない言葉まで飛び出す。

「弁護人も一所懸命にあなたを心配していますよ」

大きくうなずき、被告人にほほ笑みかける弁護人。うーん、グッジョブ!