(その3)潜在成長率:上昇させる減税策と低下させる保護主義・移民抑制策

3つ目の矛盾は、潜在成長率を上昇させる政策と低下させる政策の混在である。米国では、需要不足がほぼ解消するなか、中長期的にトランプ政権が目指す3%以上の成長を続けるためには、足元で2%前後まで低下しているとみられる潜在成長率を2000年前後のITバブル期並みまで高める必要がある。この間の潜在成長率の低下は、その約3分の2が労働生産性、残り約3分の1が労働力人口の伸び鈍化によるものである。

トランプ政権の減税や規制緩和は、企業の設備投資を促し、労働生産性を高めることが期待される。一方で、トランプ政権は保護主義姿勢を強めており、企業の経営環境を取り巻く不確実性の高まりが設備投資の抑制要因となる。

さらに、トランプ政権が移民抑制策を強化した場合には、生産年齢人口、ひいては労働力人口の伸びが下振れする公算が大きい。そもそも米国では、高齢化が労働力人口増加の重しとなっている。このため、中長期的に高成長を続けるための労働力人口を確保するためには、一定数の移民の受け入れが不可欠な状況にある。

このように、ちぐはぐなトランプ政策では、今後も潜在成長率が大きく高まることは見込み難い。トランプ政策の影響を加味したCBOの推計でも、潜在成長率の持ち直しは短期間かつ小幅にとどまると予想されている。

将来の米国を待ち受ける二重のリスク

以上を踏まえると、完全雇用下で「偉大な米国」を実現するためには、トランプ政権が軸足を置く需要喚起策ではなく、供給力強化が求められる。具体的には、小さな政府、自由貿易、移民受け入れが目指すべき方向といえる。もっとも、足元で支持率が底堅く推移するなか、トランプ政権が早期に政策の軌道修正を図ることは期待し難い。そのため、矛盾を抱えたままの政策運営が将来的には米国経済に二重のリスクをもたらすことになる。

(その1)政策実現の追求自体が景気後退の呼び水に

一つ目のリスクは、政策実現の追求自体が景気後退の呼び水となることである。最も懸念されるのは、米国発の貿易戦争の本格化である。拡張的な財政政策と貿易赤字の削減の両立が困難とみられるなか、トランプ政権が貿易赤字の削減をやみくもに目指した場合、本格的な貿易戦争に発展し、世界貿易の委縮や、企業のコンフィデンス(心理)の悪化による設備投資の抑制などにより、米国をはじめ世界経済の失速を引き起こす恐れがある。

前出のIMFの試算によると、現在検討が進められている対中関税や自動車・同部品への追加関税が全て発動された場合、米国のGDP成長率に対する下押し効果は、1年目に0.6%ポイント程度まで大きくなる(前掲図表1)。さらに、関税による直接的な影響に加えて、貿易摩擦の激化が企業のコンフィデンスの悪化を招いた場合の下押し効果は、0.8%ポイントに拡大する。

さらに、こうしたコンフィデンスを通じた影響度合いは、その時点の経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)に大きく左右される。景気のモメンタムが低下する局面で貿易戦争のショックが加われば、マイナス影響が増幅される恐れがある。1930年代の大恐慌は貿易戦争が原因で起こったのではなく、景気悪化時に貿易戦争が起こったことで状況が深刻化したというのが歴史の教訓である。