60代でIターン
神奈川→富山
平日は猛烈に働き、休日は地方生活を満喫する
3.47平方キロメートル。日本で一番面積が小さい村・富山県舟橋村に、従業員数約400名の電子部品メーカー・ファインネクスは本社を構える。そこに大都市・横浜からやって来たのが、細見章夫氏だ。
細見氏は長年、電子部品メーカー・アルプス電気で自動車関連業務に従事。アメリカに6年、イギリスに4年、中国に4年と、世界を転々とした。そして58歳で製造メーカー・国上精機工業の社長に就任。2年ほどで次の経営者に事業を承継した。
「60歳であがるにはまだ早いなと思い、知り合いのヘッドハンターに『辞めたんだけど、自分が役に立つような企業はない?』と聞いて回ったんです。そこで紹介されたのが、ファインネクスでした」
富山県にゆかりはなかった。しかし「人生の岐路に立ったとき、今の延長線上ではない選択肢を選ぶ」を信条とする細見氏は、「むしろ住んだことのないところのほうが興味がありました」と、未知の土地へ迷わず向かった。
待遇は、技術本部の副部長職(現・本部長)。取引先に自社の技術を売り込み、開発して、立ち上げる要職だ。今も平日は深夜1時に寝て朝5時に起きる多忙な日々を送る。しかし休日は、近くにあるゴルフコースに繰り出し、晴れた日には立山連峰を横目にオープンカーやバイクでドライブするなど、地方生活を満喫する。
「生活のゆとりが地方にはありますよね。ITやアマゾンも普及して、デメリットはほとんど感じません。都会から来たことにやっかみを覚える人も中にはいるのかもしれませんが、それより親切な人が多い印象です。出身地は変えようと思っても変えられるわけではない。『今同じ場所にいたら、一緒に行動する』のはどの地方でも、どの国でも同じだと思いますよ」
地方で働いて気づいたことがある。それは一人一人が優秀で、都会の人材と差がないということだ。一方で、地方の中小企業には幅広い経験をした人が少なく、リーダーが足りないという現実も感じた。
「大企業で経験を積んだビジネスマンは、地方の優秀な若手にノウハウを伝えられるはずです。実力があるのに失敗して埋もれている人や、先が見えて閉塞感がある人は、活躍の場を求めて地方を目指せばいいのではないでしょうか」
今後の人生設計について訊ねると、「富山は好きなのでこのままいてもいいし、海外に工場を建てることになったらそこに赴任してもいい」という答えが返ってきた。
「故郷は大好きだし、妻が住む大阪の家には月1のペースで帰ってます。でも子どもは自立していきますし、自宅がすべてでもないかなと。ここから先は、お役に立てるところ、求められるところならどこでも行きます。死に場所はどこでもいいですよ」
細見氏は60代という年齢に不安を感じていないという。最近、ジムに通って鍛えるうち、落ちた筋肉が戻る経験をした。「仕事も経験を積んで、できることが増えている」と語る氏は、たとえどこで働くことになっても、当分リタイヤすることはないだろう。
1947年生まれ。自治労本部入職、連合出向、社会政策局長。菅内閣新しい公共推進会議などの有識者委員を歴任。現在、認定NPO法人ふるさと回帰支援センター理事長。
加瀬澤良年
2000年、明治大学卒業後、リクルートグループを経て、11年、ビズリーチに入社。各地の企業・自治体の採用コンサルティングや地方創生プロジェクトを行う。