いったい何を話せばいいんだろう?

「ただいま」と言うなり冷蔵庫を開けて、ヨーグルトや牛乳、ジュースをテーブルの上に並べ、漫画を読みながら黙々と食べている。話しかけなきゃ、なんか会話しなきゃと思うが、なんと言っていいかわからない。

いくらなんでも「どうだった?」と聞くわけにはいかないだろう。「なんで勝手に行ったの? 話し合いを避けるのはずるい!」と責めるのも、「ごめんなさい」とショートメールで伝えてきている以上、可哀想。では、いったい何を話せばいいんだろう?

私はしかたなく、「今朝、学校行ったの?」と聞いた。なんか間の抜けた、情けない母親だなと自分で思いながら。

「マリーが生理が3日も遅れてるっていうんだけど」

次の事件は息子が16歳のときだった。

2年ほど前から悪さを繰り返すようになっていた。学校のみならず警察からもさんざん呼び出しを食らい、親を辟易させていたが、同じクラスのマリーちゃんと周囲が公認する恋人になってからはめっきり落ち着き、ちょっと一息つけるようになってきた。そんなころだった。

私が台所で夕食の用意をしているところへ、「ママン、ママン、大変!」と言いながらアパルトマンの階段を二段抜かしで上がって来た彼は、息を切らしたまま言った。

「マリーが生理が3日も遅れてるっていうんだけど、こういうのって普通なの?」

16歳で? でもここはフランスだからこういうこともあるんだろうか? なんだってこういう話はいつも私にふりかかってきて、どうしてパパに聞かないんだろう? それとも私の思い過ごしで、セックスしたかどうかとは関係なく、ただ生理が「遅れた」っていうことなんだろうか? こういうことって、親にこうも直球で聞いてくるものなの?

私はこんなこと、親とはとても話せる関係じゃなかった。どうしよう、なんて答えよう……。

真っ正面から息子と向き合って話し合うことを避けた

ここで早く答えないとナメられる。

私は、持っていた包丁が震えているのを気取られないように大きく息を吸って、答えた。

「3日? そんなのよくあるよ。それより、マリーちゃんのお母さん、助産師さんだったよね。私より詳しいはずだから、そっちに話したほうがいいんじゃない?」

責任回避。またしても、私は、真っ正面から息子と向き合って話し合うことを避けたのだ。

「それ、いつの話? あんたたちセックスするときに避妊するの忘れちゃったの? そうならどうにかしなくちゃいけない。お医者さんに行って、中絶ピルもらうとか。マリーちゃんのお母さんとは話し合えると思う?」と、冷静に話すこともできたはずだった。

このときの親としての挫折感が、本書を書く出発点となった。