AI時代に生き残れる、若者をつくれ

国が成人をしっかり定義すれば、国には責任を持って成人ではない国民を教育して成人にする義務が生じる。それが本当の義務教育だろう。社会に対して責任を負える人間をつくるのが義務教育とすれば、中学までの義務教育では足りない。義務教育を高校まで延ばして、高校卒業までに社会人として生きていくための責任、スキル、常識と教養、などを徹底的に叩き込む。社会人として適応できるように、教育カリキュラムもつくり替える――。高校の義務教育化は本連載でも繰り返し述べている私の持論だ。

中高一貫教育にして1年分の授業を浮かせる。その浮いた1年でみっちり社会人教育を行う。ボランティアやインターンなどで社会経験を積んでもいい。語学やプログラミング、家計簿、経理、経営などの基礎教育、道交法や自動車の運転技術など、社会に出て役立つスキルを学んでもいい。主権者教育や消費者教育に充てるのもいいだろう。そうやって社会人として必要な素養を身に付けて、ある種のテストをクリアしたら晴れて中高一貫の義務教育は修了。高校の卒業式は厳粛な成人式の場となる。国民ID番号を付与して、独立した「戸」を持てる成人として社会に送り出すのだ。当然、高校までの義務教育は無償にする。行きたい人が行く大学まで無償化する必要はない。高校までの義務教育を国が負担しても、社会人教育をしっかり施された成人を送り出したほうが社会的コストは安くなるはずだ。

18歳成人は高校の義務教育化という大転換を行うにはまたとないチャンスなのだが、これまでの議論ではまったく出てきていない。18歳成人の新しい制度では15歳で義務教育が終わり、その後(国としては)ほったらかしておいて、3年すると(魔法のように)「成人」が生まれてくる、という無責任な仕掛けである。成人の定義に合致した教育を施して国の責任で成人を社会に送り出す、という単純な発想にぜひ戻ってもらいたい。

ちなみに、日本の教育のガイドラインである学習指導要領は中教審(中央教育審議会)の答申に基づいてほぼ10年おきに改訂され、新しい高校の学習指導要領は4年後にスタートする。私も高校経営をしているので読んでみたが、書かれているのは手垢の付いた理念ばかりで、「社会的な責任を取れる人間をつくる」などという文言はどこにも出てこない。せっかく18歳から選挙権が与えられたのに、投票権を行使することの意義すら触れられていないのだ。

4年後、この指導要領に基づいて教育を受けることになる高校生は2040年代には30代の働き盛りを迎える。40年代といえばAI(人工知能)が人間の頭脳を追い抜くシンギュラリティがやってくるといわれている重要な年代だ。今ある仕事の多くはコンピュータやロボットに取って代わられているだろう。来るべきシンギュラリティに備えて教育カリキュラムを抜本的に変えていなければいけない時代に、明治時代にフィットするような人材を育む学習指導要領を4年後から導入するというのだから、周回遅れもきわまる。さらに10年後に学習指導要領の改訂をするのでは、手遅れになりかねない。

18歳成人は国家の根幹を成す重要な問題であり、真面目に向き合えば必ず教育に行き着く。教育まで含めてあらゆる制度、システムの優先順位を付け直して改訂していくとなれば、その準備に10年はかかるはずだ。しかし永田町にも霞が関にも、腹を括って取り組む雰囲気はない。18歳成人の問題から、この国の緊張感の欠如、危機感の希薄さが浮かび上がってくる。

(構成=小川 剛 撮影=市来朋久 写真=時事通信フォト、iStock.com)
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