※本稿は、橘宏樹『現役官僚の滞英日記』(PLANETS)の第6章「日本への提言」の一部を再編集したものです。
「鼻持ちならない」「上から目線だ」……
「海外に出ると視野が広がる」「視野が広がることは良いことだ」とよく言われます。反論する人もなかなか少ないと思います。しかし、視野を広げて帰国した人はいつも得をしているでしょうか。視野の広さで組織に貢献できているでしょうか。まず、視野が広い人、すなわち、(海外事物の)情報量が多く、多様な考え方がこの世にあることを知っていて、それゆえに決めつけを憎む、知的に慎重な人々は、より視野が狭い人たちが出す結論に対して疑問や異論を抱きがちだと思います。
そして、視野が広い人たちは構造上、常に少数派になりがちです。もちろん、視野の広さを買われて意見を求められることもありましょうが、その真意が広くみなに理解されるとは限りません。ゆえに、良かれと思っていろいろ学んできたのに、知見の活かせる場所の少なさから、孤立感や苛立ちが募ってストレスが増したり、それどころか嫉妬や羨望の対象となり「鼻持ちならない」「上から目線だ」と、いじめられる原因になったりするパターンも多かったりするのではないでしょうか。さらに言えば、組織の側も「視野が広いことは良いこと」と謳う裏で、「海外経験の豊富な人は海外折衝や国際会議のある部署に配置すればいいや」くらいにしか考えていないことも現実には多かったりしないでしょうか。
そしてこれは、海外畑の人々だけではなく、閉塞・硬直した業界や組織内で、異分野、異業種の事例や発想法を導入したい人たちもまた直面しがちな悩みではないかと思います。「イノベーションには多様性が大事」「柔軟な思考、挑戦や試行錯誤が大事」という論説がビジネス論壇で今日もたくさん主張されていて、みんな頭ではそうだそうだと頷きながら消費しています。
英国の定石は「わからないから、とりあえずやってみよう」
でも、いざ重要な会議で、自分の知らない分野の知見を取り入れようという提案が出たときに、「へー」のあとは、「うーん……」となり、特段コメントもできず、なんかピンとこないと、結局スルーしてしまうというのも、組織の現実だったりしませんでしょうか。ちなみにイギリス流では「うーん……」のあとは、「わからないから、とりあえずやってみよう」「結果から猛烈に学ぼう」が定石のようです。
とはいえ、「視野の広い」人たちの方も、他人を視野狭窄だと批判しているだけでは不足だと思います。「イギリスでは××だ」「アメリカでは××だ」と紹介しているだけでは「日本では前提が違うから」と一蹴されて終わってしまいます。視野の広さが実力として評価されるよう、組織に具体的な利益をもたらすところまで、知見を加工すること、応用することが求められると思います。
たとえば自分の持っている情報量の多さを、誰かと話すときの質問力や会話の引き出しとし、それをより多くの人々との関係を結ぶネットワーキング力の基盤にできれば、組織の取引相手を増やしたり、関係強化をしたりすることができます。また、もし予期されえぬ事態が生じても、事前想定数の多さから、局面局面で「さもありなん」と構える心理的余裕を持つこともできるでしょう。
そしてこれらの果実を、視野の狭い人たちにも気前よく提供することで、視野の広さに対する高評価を獲得していくという社内営業もしていければ、視野の広い人は生きやすくなるかもしれません。他人を「視野が狭い」と批判したり、日本人にはピンときにくい海外の思考方法やアイディアを一生懸命説明するよりも、通常のビジネススキルにスパイスを与える間接支援ツールとして有効活用するのもまた、「視野の広い人」の生きる知恵ではないでしょうか。