「社交(ネットワーキング)こそが富と権力と創造の源泉である」。英国の名門校に留学してきた現役官僚の橘宏樹氏は、「英国のエリートは、それを大前提としている」といいます。コネが前提になる社会は望ましいのでしょうか。橘氏は「日本人の能力主義はペーパー試験に偏りすぎではないか」と問いかけます――。

※本稿は、橘宏樹『現役官僚の滞英日記』(PLANETS)の一部を加筆・再編集したものです。

「カネ・コネ・チエ」連動する3つのキャピタリズム

キャピタリズムとは、普通、資本主義と訳され、価値の投資が利潤を生み、価値が投資者に積み重なっていく構造のことを意味します。そして、そこで扱われる価値(キャピタル)はカネ(富)であるのがもっぱらです。

しかし、この2年間、イギリスのエリート層の世界を観察したところ、「カネ・コネ・チエ」の3つの価値を中心とした3つのキャピタリズムが存在しているという認識に至りました。カネ(富)、コネ(人脈)、チエ(知)の3種類のキャピタルは、絶えず自己増殖をつづけつつも、3つのキャピタリズムが互いに連動して循環する構造を見いだしました(図1)。そして、その構造は、閉鎖的で非公式なオフライン上の人間関係の上に構築されているのがポイントだと思われます。

図1:「カネ・コネ・チエ」の連動と競合

以下、もう少し具体的に、3つのキャピタリズムそれぞれの特徴(中心価値、キャピタルの集積場所、キャピタリストらに問われる資質等)について説明していきます。

より安く、より大きく儲けるためにセンスを研ぎ澄ます

カネ(=フィナンシャル・キャピタリズム)とは、ズバリお金の集積です。すべての関係者の中心価値は当然「富」です。富が積み上がる場所は、主にロンドンのシティに集中する銀行、ヘッジ・ファンド、保険会社、投資ファンド、ベンチャー・キャピタルといった国際金融機関です。この業界で活躍する人々、すなわちフィナンシャル・キャピタリストたちは、金融機関のオーナーや大株主、幹部など、お金持ちです。富を追う人々に最初に問われる資質は、人徳や創造性よりも、まずは、経済合理性でしょう。より安く、より大きく儲けるためにセンスを研ぎ澄ませなくてはなりません。

コネ(=ソーシャル・キャピタリズム)とは、人脈の集積を意味します。中心価値になるのは「信用」です。信用されないと人脈は増えませんし、重要な情報の授受や取引相手の候補として認識してもらえません。紹介を通じて人脈を増やし、得られた人脈を活かして実績を重ね、知名度と評判を得て、より大きな信用を手にしていくわけです。紹介リスクやコストに関する判断基準が厳しい、声望の高い人から知遇・紹介を得られることが重要です。

ロンドンとオックスフォードでつくづく感じたのは、「社交(ネットワーキング)こそが富と権力と創造の源泉である」という認識が大前提になっている、ということです。日本でも、もちろん「やっぱりコネがあると有利だよね」くらいの認識はあると思いますが、英国エリートは「コネ」を得ることへの貪欲さにおいて次元の違いを感じます。熱心というレベルではなく、当たり前であり、死活問題であり、ときに生きる喜びでもあるのです。

また、何かしら相手に価値を示せなければ「コネ」は積み上げられません。彼らは行き交う人々を品定めしながら、信頼関係に満ちたある程度閉鎖的な場を維持しつつも、自分たちのニーズを補完してくれる魅力的な人材を新たに迎え入れます。